優しい雨が、君の頬を伝うとき。

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 ……何の根拠もない。  早織の病気の天敵が日の光だということを知っていたら、そんな言葉は口から出ないだろう。  でも、一緒にあの景色を見たいという願望が強過ぎて、「大丈夫」と言ってしまった。  早織には、中身が空っぽに聞こえてはいないはず。それほど真剣に言ったつもりだ。 「うん、ありがとう……」  早織は若干の厚みがあるフリーペーパーを閉じて、机の端に置いた。  振れば芯が出てくるシャーペンを手に持って、またプリントの問題と向き合う。ちょっとだけ、元気がなくなったように見える。 「優雨君、この問題教えて!」 「え? あ、うん……」  いや、気のせいか……難易度の高い問題を解いていたから、考え込んだ顔になっていたんだ。  僕の勘違いだった。ネガティブな思考になっているのは、僕の方だろう。  まあ、僕は根がマイナス思考だから、今更それを変えることはできないのだけど。 「ここはこうで……この公式に当てはめてやっていくんだ。そしたら解けるよ」 「あ、そっか! さすが優雨君! やっぱり、ちゃんと勉強してたんだね!」 「ま、まあね……家にいても、やることないし」 「先生の言う通り、全日制の学校受ければいいのに」  早織にそう言われると、気持ちが動かないわけでもないけど……やっぱり学校というコミュニティに属することが怖い。  別に勉強が嫌いなわけではないし、自分の学力が通用しないと思っているわけではない。  ただ、雨涙現象を引き起こす変人だと思われたくないのだ。 「確かにそうだね……」  しょっぱい顔で苦笑いしながら答える。その表情を見た早織はシャーペンを机に置いて、ゆっくり立ち上がった。  窓の前まで行って、外の道を歩く生徒たちを見下ろす。 「良いなぁ、みんなは。虹山ヶ丘の夕景色も、簡単に見れるんだもんね」 「早織ちゃん……」  心配そうに早織を見ていると、空気をしんみりさせてしまったと反省したのか、すぐに「なーんてね」と言って強がるように笑った。 「あ、私そろそろ帰らないといけないんだ! 病院行かないとね!」 「そ、そうなんだ……」 「ごめん、先生に言っておいて! 病院行くから先に帰ったって!」  素早くカバンに教科書などを詰め込む。帰る準備が整った早織は、「また明日ね!」と言い残して視聴覚室を出ていった。  時計は夕方の四時になっている。確かにそろそろ、帰ってもいい時間帯だろう。  教室のちょうど中央の席に、一人座る僕。ついさっきまで、隣の席を早織が使っていた。  早織が使っていた机の上には、フリーペーパーが置いてある。 「虹山ヶ丘か……」
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