たとえ君が、夢の中にいるとしても。

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 〇 〇 〇  青島君の歌声は、私に希望を与えてくれた。  後ろ向きに生きている私の、心を揺さぶってくる。  今まで私は、夢の中に居場所を見出していた。  夢の中でだったら……俊介に会える。  何回でも眠りについて、夢の中に住まう俊介に会いに行っていた。  それがいつしか当たり前になって、日常生活にまで支障をきたしてしまった。  ――過眠症。  まさかそんな病気を発症するとは、思ってもみなかった。  医者からその病名を聞かされた時、もう人生なんてどうでもいいやと諦めたのを覚えている。  それからは学校に行くことを放棄して、引きこもりになった。  俊介のいない世界に希望はない。だから私は、このまま永遠に眠り続けようと思っていた。  青島君に会う前までは。 『俺が……水川を夢の世界から解放させてあげるよ』  その言葉が、私の心に深く残っている。  ただでさえ、もうすぐで卒業だというのに……青島君は私を救い出そうとしてくれた。  初めて手を差し伸べられたので、酷く動揺したのは間違いない。  表面上は澄ました顔をしてしまったけど、心の中は嬉しさで一杯だった。  その日以来、俊介の夢を見ることが少なくなっていった。  最初は不思議に思っていたけど、徐々にその理由が青島君なんだって気づけた。  無意識のうちに、青島君のことを考えてしまっている自分がいて……少しずつ俊介の記憶が薄れていく。  完全に俊介への想いが消え去ったわけではないけど、苦しさに似た憑き物が取れたような気になれた。  妹想いな青島栄人君。私を救ってくれた青島君が……心から大好きだ。 「昨日さ、青島君の夢を見たんだよね」 「まじ? 俺、夢の中でなんか言ってた?」  文化祭が終わった後、私は学校に通うようになった。  毎朝青島君が家に迎えに来てくれて、学校まで一緒に行っている。  この通学路を歩くのも、あと少しだけ。  毎朝会っているはずなのに、青島君と話すのはいつも新鮮で、毎日が楽しい。  昨日の夢に出てきたのは、青島君だった。普段一緒にいることが多いのに、夢にまで出てくるなんて。  もう完全に、私の夢の中に俊介はいない。  夢の世界の俊介から、卒業できたのだ。 「私……夢の中で青島君に告白されちゃった」 「はぁ? 何だよそれー?」 「ごめんごめん! だって本当なんだもん」 「恥ずいこと言うなよ」  顔を真っ赤にさせた青島君は、少しだけ怒りながら早足になった。  弄ってしまったことを謝りながら背中を追いかけてみると、青島君は急に立ち止まった。 「青島君、どうしたの?」 「あー、いや……その、昨日見た夢のことなんだけど……それ、俺の本心だわ」 「……え?」 「何でもない! 早く行こ!」  照れ笑いしながら歩き始める青島君を追いかける。  一歩一歩踏み締めて、青島君の背中を捕まえに行った。  青島君の背中は、確実に目の前に存在する。  今そこに、手の届く距離に……。 『たとえ君が、夢の中にいるとしても。』――〈完〉
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