涙のワケは、桜が咲く頃に。

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「あ、あの……」 「……は、はい?」  まだ潤いを保っている果歩の瞳が、僕の方を向く。  涙目を悟られたくなかったのか、人差し指の関節で、素早く目尻の水分を拭き取っていた。 「大丈夫……ですか?」  果歩に声を掛けるなんて、普段だったら絶対にできないだろう。  反射的な行動に、自分でも驚いている。  果歩は僕の制服を見て、同じ高校だということを理解してくれた。  やはり同学年でありながら、僕のことは知らないみたいだ。 「えっと、大丈夫ですけど……どちら様?」 「す、すいません。二組の野際圭斗(のぎわけいと)です。何か、泣いていたみたいなので……」  果歩は僕の名前を聞いて、微妙な反応を見せた。おそらく、名前は聞いたことがある程度だろう。  そんなのには慣れている。  果歩は心配する僕にニコッとした柔らかい顔を見せた後、ホームにある長椅子に座り出した。  僕も合わせるように、隣に座る。 「思い出した。二組の雪乃(ゆきの)ちゃんだっけ? と、最近付き合い出した野際君だよね?」 「あ、ああ……その話、なくなったんです。ついさっき、フラれました……」  同い年なのに敬語で話してしまう。それくらいの距離感があった。  果歩は雪乃ちゃんを通じて、僕の名前を知ってくれていたようだ。  女子たちの情報網は、恐ろしく広い。 「じゃあ野際君が涙目なのも、それが原因なんだ?」 「そ、そう……です」 「じゃあ、私と一緒だ」 「え?」 「私も別れたの。彼氏と」  果歩の彼氏……校内でも有名なバスケ男子、恩田和真(おんだかずま)のことだ。  一年の時から、和真と果歩の美男美女カップルは有名だった。  初めて話す相手に、隠すことなく話してくれるなんて。  果歩は性格までも良い人間みたいだ。  さっきスマホを覗いてしまったので大体のことは察していたけど、初めて聞いたという演技をする。 「花井さんでも、フラれることなんてあるんですね……」 「……もちろん」  果歩は一瞬何かを考えた後、微笑を浮かべながら肯定した。  僕の薄っぺらい同情に、笑えてしまったのか。  軽い言葉を返してしまったことを、心の中で反省する。  何とか果歩を持ち上げるために、慌てて自分の発言を訂正した。 「い、いや、花井さんは、学校でも有名だし……だって、こんな地味な僕でさえも知ってるんですから。そんな特別な花井さんが、まさか……」  気持ち悪いくらい褒めているという自覚はある。見苦しさがあっても仕方ない。  果歩は下を向きながら、一定のリズムで頷きながら聞いてくれていた。  言い終わった後、果歩の存在感に圧倒された僕は、どうしたらいいかわからなくなった。  そんな僕を見て、果歩はおもむろに椅子から立つ。 「私は……特別なんかじゃないよ」  薄暗くなっている空に浮かぶ、半欠けの月を見ながら悲しそうに呟いた。  暗くて果歩の顔が見えなかったけど、泣きそうな声になっていた。  思わず息を飲んでしまっていると、話を変えるように「それより……」と言いながら、僕の顔に目を向けた。
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