涙のワケは、桜が咲く頃に。

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「それよりさ。野際君、悔しくないの?」 「悔しいって……?」 「たった一週間でフラれて、悔しいでしょ?」 「それは、まあ……」  果歩は何が言いたいのか。  漠然と、僕の中に留まっている『悔しい』という感情をくすぐってきた。  もちろん悔しさはあるけど、単純に受け入れるしかないと思っている。  その後を言わずに俯いていると、果歩が僕の肩に手を置いて、受け入れ難い言葉を口にした。 「じゃあさ……卒業までに良い男になって、雪乃ちゃんを見返そうよ」 「……は、はい?」 「だから、残りの学校生活で男を磨いて、雪乃ちゃんに後悔させるの!」  雪乃ちゃんを見返すという言葉が、頭の中を巡って回る。  考えもしなかった果歩の発想に、唖然としてしまう。  僕が、雪乃ちゃんを見返す? 男を磨く? 元々の素材が悪い僕が? 理解できていない僕は、口を開けながら果歩を見ていた。 「いいでしょ? 私も手伝うから」 「ちょ、ちょっと待って。僕なんかにそんなことできるわけないよ」 「いいじゃない。最後の高校生活なんだから」 「だって、僕はモテないし、何の面白みのない人間だし」  いつものように自分を蔑むと、それを聞いた果歩は笑いが止まらなくなっていた。  馬鹿にされているのか、哀れんでいるのか、とにかく「お腹痛い」と言いながら、しばらくクスクスと笑っていた。  一体果歩は、何を考えているのか。 「あー、可笑しい」 「何がそんなに面白いの?」 「だってさー、こんなに自信がない人初めてなんだもん」  その理由は、何となくわかる気がする。  果歩の周りにいる人間はみんな自信家だし、高スペックを求めて生きているやつばかりだ。  こんなに後ろ向きな人間と話すのは、珍しいことなのかもしれない。 「大丈夫。野際君、カッコイイよ」 「何を言ってるんです?」 「私、そろそろ帰らないと。また学校でね」  中途半端に話を切り上げて、改札までの階段を上がっていった。  長い髪を靡かせながらスタスタと歩くその姿は、さっきまで涙を我慢していた女の子とは思えない。  学年一の人気者である花井果歩と、こんなに長く話せるなんて。  しかも、また学校で話せるらしい。  雪乃ちゃんにフラれたことが、ギリギリ相殺にならないくらいの喜びであった。  少しだけ、フラれたダメージの方が大きい。  それでも、精神的な傷が癒されて……だいぶ助けられた。    各停で帰るのも、たまには悪くないと思えた。
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