優しい雨が、君の頬を伝うとき。

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 ――放課後職員室に行くと、担任のおじさん先生の机の前に早織が立っていた。 「あ、あれ? 早織ちゃんも?」 「あ、優雨君。そうそう、私も呼び出し」 「そ、そうなんだ……」  今日は誘ってくれてありがとうと、一応礼を言わないとと思っていたけど、職員室の中は異様に静かで会話ができる空気ではなかった。  早織もそれを察してか、無言のままゆっくり進む壁掛け時計の秒針を目で追っていた。 「お待たせ二人共。いや、よく学校に来てくれたな」  おじさん先生がコーヒーカップを片手に持ちながら参上した。  職員室のさらに奥にある個室に案内され、弾力のある革のソファーに座らされた。 「お前たち、全然学校に通っていなかっただろ? 進路はどうするんだ?」  そうか……早織も学校に来れてなかったんだよな。麻衣香の話を聞くに、早織も病気をしていたみたいだ。  僕なんかは進路なんてどうでもいいと思っているタイプだし、早織とだけ深く話せばいいのに……何故か先生は僕の方を見て強く話していた。 「僕は……適当に通信制の高校に行こうと思っています」 「そうなのか。いや、岩中よ。家でもきちんと自習しているみたいだし、まだ全日制の高校受験間に合うぞ?」 「え、そうなんですか?」 「ああ。何かお前を見てると、もったいないと思っちゃうんだよな。せっかくだし、トライしてみたらどうだ?」  まさかまだ、その選択肢があるなんて。  いや、普通の高校なんかに通ったら、僕はまた化け物扱いされてしまう。  普通の雨の日なのにも関わらず、それも僕のせいにされる。目に見えている。僕は生まれつき不幸なんだ。 「考えときます……」  暗い未来が見えた僕は、小さい声で答えてしまった。  行けたら行く程度の答えになったので、先生も『こいつ適当に言ってるな』と内心では思っているだろう。  次に先生は早織の方を見て、青くなり始めた顎髭をじょりじょりと触りながら明るい声で言った。 「ってことで天海。お前も岩中と補習授業を受けなさい」 「補習授業ですか?」 「ああ。お前ら二人を卒業させるには、補習授業を受けてきっちり勉強してもらう必要がある。今まで全然授業に参加できていなかったからな」  なるほど……簡単に卒業はできないってことか。  申し訳ないけど、僕はごめんだ。  人と関わることを諦めた男に、今更卒業できるかどうかなんて関係ない。  苦笑いで「僕は結構です」と言葉にしようとしたら、早織が僕の腕を掴んで「わかりました」と声にした。 「え?」 「いいじゃん優雨君! 私と一緒に勉強しようよ!」 「え、でも……」 「私、頭悪いから教えてほしいんだよね」  早織にお願いされて、断れる人なんているのか。  パッチリとした大きな目で見つめられると、たじろいでしまう。 「い、いいよ……」 「やったぁ! じゃあ先生、私たち明日から、放課後残りますね!」  先生も「うむ」と満足げに答えている。  自分の生徒の進路を導いてあげるのが、先生の使命なのだろう。向き合ってくれているのが伝わってくる。  早織と一緒に職員室を退室しようとした時、僕だけまだ残るように言われた。
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