鹿住む山

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 兎三郎の話通りに道を進んだ御曹司はついに噂の関所をその目にとらえた。そこで少しばかり身だしなみを整えると堂々とした態度で関所へと歩を進めた。  「…ん?」 進めば進む度はっきりしていくその姿はどうしてか見覚えのあるものだった。  「こ、これは…!!」  「あ、辰巳様。お早いお帰りで。」 どうやら、あの小僧に騙されたらしい。  ―1週間後  1週間もたてば、あの話は嘘ではないかと考えるのがせっかちだ。町のざわつきは時間とともに小さくなってゆき、やがていつもの日常に戻る。  さて、せっかちと言えば、かの御曹司であるが、人通りのない山道に作った関所は碌に稼ぎが無く、すでに維持することが困難になっていた。  「騙された」と父に泣きついたものの、辰巳の肩を持つどころか兎三郎の巧みな言葉使いに感心するだけだった。加えて、自身の断りなく関所を建てた挙句、大きな損失を作った息子を見逃すはずもなく、父は御曹司に絶縁を言い渡した。    御曹司…改め辰巳は父から勘当代わりに受け取った資金を使い、『話を流し始めたもの』に懸賞金をかけた。賞金に目がくらみ、多くの町人が動いたにも拘らず、源流をつかむことはできなかった。  更に三日程が経ち、辰巳は懸賞金に加え大名が来ない今、不要となってしまった関所を報酬に出した。その話は人から人へ最初の噂の道筋を辿るように広まり、あっという間に兎三郎のもとへ届いた。  「失礼する。」 門前に構えていたのは、あの時の憎き小僧であった。なんでも、噂の流し人を連れてきたとかなんとかでのうのうとやってきたらしい。辰巳は兎三郎が犯人であると断定して、強い口調で兎三郎に迫った。  「やはり貴様か!!私は最初からそう勘ぐっていたのだ!!あんな下らん噂を流すものなど、貴様のほかに―」  「わしではない。ちゃんと連れてきておるから少し待て。」 そう言うと兎三郎は手招きをし始め、辰巳は縄を取りに室内へ向かった。出て来るや否や  「さて、加藤四朗太がくるなどと噓を流した下品な者はどんな面を―」 辰巳は言葉を失った。そこには大きな馬にまたがる加藤四朗太が佇んでいたのだ。大名の覇気はやはり相当のものらしく、辰巳は地面に座り込んでしまった。  「…どうだ?」  「は…?」  「下品な者の顔は…どうだ?想像通りか?」 辰巳は大きく首を横に振った。  「どうやら私の首に懸賞金が掛けられていたらしいな?…出頭した私はどうなる?」  「ど、どうもこうも…誠心誠意、おもてなしを…!」 加藤四朗太は大きくため息をつくと、踵を返し馬を歩かせ始めた。  「…下らぬことに時間を割いた。兎三郎よ、山中の案内を頼むぞ。」  「はい、お任せを。」  「光正(みつまさ)殿お墨付きのその頭を存分に発揮してくれ。」 その光景に辰巳は頭を掻きむしりながら関所を飛び出してした。  山中を進んでいると、突然きれいな自然に似つかわしくないけたたましい悲鳴が響いた。  「…なんだというのだ今のは…!」 兎三郎はふぅっとため息をつくと一言、  「今のは鹿の鳴き声でございます。」 と説明した。  「鹿?私の知る鹿とはずいぶんと違うようだが…。」  「四朗太様、鹿は鹿でも『気短(キミジカ)』にございます。」  
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