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『加藤四朗太』という大名がこの町を訪れるという話が広まったのは、つい三日ほど前だった。出所さえも分からないその話にせっかちな女子は皆、その美麗さに磨きをかけ、忙しない商人は上質なものを仕入れた。そして『金元辰巳』もその一人であった。
金元辰巳はここらでは名の知れた有力商人の家『金元家』の御曹司であったが、それ以上に驚く程商人としての才が無いことで有名だった。
幾度となく商売に失敗する息子に当主の期待は何処に消え、辰巳は次期当主争いにその名すら上がることはなかった。
そんな親戚連中に一泡吹かせてやろうと御曹司は秘密裏かつ素早く動いたのだ。
「辰巳様!当主の断りなく動いてはまた…!!」
「知らぬ!どうせ父は私の言葉に耳など貸さぬわ!」
いつもならその立場から、父の断りなしに動くことのない御曹司も今度という今度は自信があるらしく、家臣の静止も聞かず屋敷を飛び出した。
御曹司の考えた策とは、『根津光正』の治めるこの町と加藤四朗太が治める町を繋ぐ道に関所を設けようというものだった。
簡易的なものであったそれはすぐに完成したものの、その高い値段設定と位置から儲けが生まれることはまずなかった。
さて、それから一週間が経った頃、『兎三郎』は、かの山の中にいた。なんでも、加藤四朗太は大の自然好きらしく、この景観よい山を見て回りたいそうだ。そこで、山中の村の出である兎三郎が代表して地図を作っていたのだ。
地図作りも終盤、慣れた道を進んでいると突然見慣れないものが兎三郎の目に飛び込んだ。山中であるからか小振りではあるものの、どうやらそれは関所らしい。
「こんな山道に関所…?」
ジリジリと近づく兎三郎の気配に気づいたのか、小さな関所から二人の男が姿を現した。その内の一人は見覚えがある。確か、金元辰巳とかいうどこぞの御曹司だったはずだ。特に整えられていない格好…やはりというか当然というか、人通りはないのだろう。
「へへっ、ほら小僧!ここを通りたくば、通行料200文寄越せ!ここは金元家の関所であるぞ!」
「200文…!?」
その金額には兎三郎も声を上げて驚いた。そりゃ、こんな値段付けたら暇に拍車もかかるだろうよ。
「おいどうした?早く出せ!早く!!」
催促を続ける御曹司に対し兎三郎は少し考えこむと踵を返し、口を開いた。
「200文よりよっぽど安く通れる関所があるから、そっちに行くとするよ。」
兎三郎の一言は御曹司を激しく動揺させた。
「(馬鹿な…!加藤家の町と根津家の町を繋ぐ道はこの道だけのはず…!)」
しかし、そうなるとこの道に山中の村の者すら現れない理由も片がつく。御曹司は足早にその場を去ろうとする兎三郎を呼び止めた。ここまでは想定通りだった。
「その関所の場所を教えてはくれないか?」
兎三郎は考え込むような仕草をとる。そして、間もなく無理だと答えた。
「では、ここの通行料を150文にしよう!それではどうだ?」
「それじゃあ情報は売れん。」
「では、半分の100文にしよう!それでは?」
「無理だな。」
「では、その半分!50文!」
「話にならん。」
頑なに口を割らない兎三郎に御曹司はついにしびれを切らし、強気な交渉に出た。
「では、その関所とやらと半額でどうだ!?」
これ以上の値引きはないだろうと踏んだ兎三郎はそれで了承した。
「そうだな…その関所は2文で通れるから、1文でいいってことだな。」
「い、1文?たったの…?」
「しかし、わざわざ戻る手間も省けたし2文出そう。」
御曹司の設定した値段から大きく落ちているにも拘らず、約束の二倍出すと言った兎三郎に対し、御曹司は嬉しそうにそれを受け取った。
その後兎三郎は関所までの道を伝え、
「ここ以外に関所はない。では。」
そう言い残すと村へと帰った。
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