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「左頬に傷痕のある男を見たという者がおったぞ」 真っ昼間の酒処で仁九郎にそう告げたのは岡崎峯治郎(おかざきみねじろう)という男だった。 「今から会いに行く」 「……山猿を殺せば気が済むのか。辻堂も、辻堂を討った樋神も滅んだというのに。盛衰は世の(ことわり)じゃ」 「悪夢を消すためじゃ──」 隆正死後も悲劇は続いた。妹の八重の子は流れ、自害した。 仁九郎は山中での奇襲以降、酒に酔えなくなっていた。 されど酒場には入り浸っていた。 酒処には情報が集まる。 峯治郎とは山猿を追跡する途上で出会った。語るうち、奇遇にもあの夜襲の生き残りと知り、友となった。 しかし峯治郎は山猿の顔は知らない。 辻堂軍での身分は下っ端だったらしく、忠心も恨みも薄い。 似た男を見た、そう告げられるのは何度目か。 主君の無念を晴らす。乱世には滑稽とも言えよう。 仇を討つためとはいえ、仁九郎は辻堂家の敵、樋神家に潜入し、滅びを見届けたのだから。 ただし山猿は樋神に飼われた者ではなかった。正体も目的も謎のままだった。 ならば謀り、辻堂を山道で待ち受けるよう仕向けた理由は何なのか。 辻堂をよほど恨む者なのか。 仁九郎は今は浪人となり月代(さかやき)の毛は伸び放題で、たった半年の経過とは思えぬうらぶれようだった。
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