ミステリー作家 高下美和の推理

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 しばらくの間、立ち尽くしていたが、冷静になるために深呼吸をして、室内を見渡した。  薄暗い部屋には、古びた机と椅子、窓の外からは朝の淡い陽射しが差し込んでいる。小型のテレビが一台、机の上には数日分の新聞、壁にはこの村全体を描いた地図が貼られていた。 「ここで、時間を潰すしかないか……」  ポケットからスマートフォンを取り出し、ため息をついた。  電波は、かろうじて通じている。ふと、警察に連絡しようかという考えが頭をよぎる。この状況は明らかにおかしい。  でも、そんなことをしても意味がない。すぐにその考えを打ち消した。  この村には岡田という警察官がいる。彼は一人でこの村の治安を管理している。先ほど私を囲んでいた村人たちの中に、岡田の姿もあった。  警察に通報したとしても、彼に確認が行くだけだろう。彼は村長たちと一緒に、私を閉じ込めた側の人間なのだ。 「これって……事件に巻き込まれてない?」  私は椅子に深く座り、状況を整理しようとした。興奮が少しずつ収まり、冷静な思考が戻ってきたが、同時に別の感情が芽生え始めた。 ――これって、チャンスかも。  私は駆け出しの小説家。ミステリーを専門にしている。2年前、ある新人賞を受賞し、見事に商業デビューを果たした。しかし、2作目の執筆に苦しみ、スランプに陥っていた。  自信喪失の日々が続いていた。しかし、状況はインスピレーションを与えてくれるかもしれない。 「結婚は失敗したけど、小説家としては成功したい……」  窓の外を眺めた。高台にある村役場からは、村全体が見渡せた。  外に広がる景色は穏やかで、置かれた状況とは正反対に思えた。  窓は開きそうだが、飛び降りたら無事では済まないほどの高さ。この部屋を選んだのは、逃亡のリスクを計算してのことかもしれない。 「原因……そう、閉じ込める理由を見つけないと」  私は好奇心と恐怖の狭間に立っていた。  記憶をたどろう。どこかに、ヒントがあるはず。  昨日、岬から「村長が相談したいことがると言っているので、村役場に来てくれ」と伝言を受けた。これまでも、似たようなことがあったので、軽い気持ちで受けた。  しかし、今回は違っていた。私が一体、何をしたというの?  新参者だけど、引っ越して3ヶ月、良い関係性が築けていると確信していた。それなのに……。  事件の謎を解くには、事実の整理から始めなければならない。これは捜査のセオリー。人間関係、言動、出来事。それらを点として捉え、線で結ぶことで全体像が浮かび上がってくる。
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