ミステリー作家 高下美和の推理

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 私は祭りの当日を振り返った。神社の掃除を手伝い、役場が出すお好み焼きの出店の準備に駆り出された。  熱気に包まれ、大人から子供までが笑顔を交わし合い、活気に満ちていた。村の一員になれたような気がして、心が温かくなった。  村の人たちとの距離がぐっと縮まった。あの日は楽しかった……なのに。  仲良くしてくれた村の人々が、なぜ、こんな目に合わせるの?  知らないうちに、山を傷つけるような行動を取ってしまったのだろうか?  祭りの後も何度か神社に訪れたが、お賽銭を入れて手を合わせるだけ。心当たりはない。祭りが行われたのは、ちょうど1ヶ月前。あの日以降、村人たちとの間に大きな問題が生じた記憶はない。  私は地図を見ながら、関わりのあった人たちの名前を思い出していった。  小山田村長とは、祭りの準備で何度も顔を合わせた。それから、神社の近くに住む小山田さん、役場の近くに住む別の小山田さん……。  この村では『小山田』という苗字は非常に多い。半分以上の世帯が小山田家だと言っても過言ではない。同じ苗字が多いのは、田舎の方では珍しくないのかもしれない。  あとは、岬さん、峠さん、藤山さん、山路さん、そして、山崎さん……。  地図に丸を付けていくと、違和感を覚え始めた。  隠されたピースの輪郭が、浮かび上がってくるような感覚。 「おかしい……」  頭の中で何かが引かかった。  香山が言っていた「山を傷つけないこと」を思い出したとき、閃きが走った。 ――『山』がつく苗字、多くない?  地図を眺めながら村の隅々まで見渡していった。話したことがない人まで、確認の範囲を広げた。山下、山口、山岸、山本……。  思った通りだ。『山』が苗字に入る人が異常に多い。  でも、全員ではない。  そもそも、日本人の苗字に『山』が入る人は多い。  私は『山』が入っていない苗字を抜き出していった。岬に峠、岸本には山が入っていない……わけじゃない。  目を凝らすと『山』が入っている!  岩崎なんて2個も入っているではないか。  私の名前は高下……いいえ、これまで『嵐山』と名乗っていた。  昨日の村長との会話を思い出す。 「あの、村長、申し上げにくいのですが――」  そろそろ、告白しても大丈夫だと考えた。私は、婚約を破棄した経緯を村長に告げた。 「――ということで、本名の高下を名乗ろうと思います。明日から、高下美和として過ごしたいと思います。戸籍もそうなってますし」  ここは、ドが付く田舎だ。住民票の受付は役場ではなく、市庁舎まで行く必要がある。だから、今まで隠し通せたのだ。
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