0人が本棚に入れています
本棚に追加
山
その村の人は、みな同じ山を信仰している。つまり、山を神として見立て、信じている。それが伝統だと言う。小さい村だ。都会とはまた違った風習が1つや2つあった所で驚きはしない。
僕は少し前、大きな町からこの小さな村に両親と弟と越してきた。田舎は集団意識が強く、外部の人を受け入れないという噂を聞いていたが、ここはそんなことは無かった。
まあそれもそうかもしれない。なぜなら、越した理由が、85になった実の祖母の介護のためここの村人に呼ばれたからだ。祖母は、最近、みち子だかみな子だか不思議な名前を呼ぶらしい。みち子やみな子みたいな名前は村にも親族にもいない。こりゃだめだ、ついにボケたと村人に言われ、僕たち家族を呼んだ。
他にも、僕も昔から時々この村に遊びに来ていたから、嫌悪されなかったのだろう。それに、少子高齢化のために村には僕と弟以外に10人も子供がいないから、むしろ喜ばれた。
そんな村人の子供の中に、僕は友達ができた。
A助くん。村唯一の学校で出会った唯一の同い年だ。小中が一緒になった学校の初登校で、僕が1人ポツンと椅子に座っていた時に、話しかけられたのだ。
「ねえねえ、新人くん、同い年なん?仲良くしようや」
黒ぐろと日焼けをした男の子がにょきりと顔を覗かせた。
「俺は、A助。よろしくな」
僕らはたちまち仲良くなった。
なんでも、今まで14歳は1人だけで、13歳すらいない。15歳はいるが、村一番の暴れん坊と口達者な娘で、日々戦々恐々としていたと言う。
「まあ12歳のY太とか、10歳のE次と遊んでたけど、所詮中学生と小学生だからな。体格差もあるから。君の弟11歳やろ?最近は俺の代わりにY太とE次と遊んでるらしいな」
僕らは毎日自転車を乗り回していた。ガチャガチャと自転車に乗ると、あっという間に日が暮れる。
そんなある日、2人で木陰で休んでいたら、A助が出し抜けに言った。
「最近飽きない?もっと楽しいことしたい」
確かに、僕も自転車には飽きていた頃だった。ブンブンと飛ぶ大きなハエを目に追いながら答える。
「いいよ。何しよう」
日が落ちる前のさっぱりとした空気は、僕たちの頭をぐるぐると忙しなく回転させた。
「家出なんかしてみたいな」
僕がポツリと言うと、A助は目をキラキラと光らせた。
「新人、最高!」
決まってすぐに、僕らは綿密に計画を立て初めた。
「決行日は......来週の土曜はどう?土日2日間の家出。食べ物とかいるね」
「それは少しずつ家からかき集めよう。お小遣いで買っても良いけど、こんな小さい村だから、買った物なんて村中、一瞬で回る。おかんにバレる」
「お菓子くらいだったら?食べないで取っとけば良い。お風呂は.....2日くらい入らなくても大丈夫か。あと......どこに行く?」
一番の難問だった。この村は山に囲まれている。整備された山道は1つあるが、そこには通称“門番爺さん”がいて、四六時中ずっと監視しているらしい。
「門番爺さんの妻は噂好き婆さんだ。足がついちゃうよ。この虫みたいに」
A助はふいに不規則に飛んでいたハエを潰し、
「番か」
と呟いた。
A助の手のひらを見ると、大きな1匹のハエではなく、小さな2匹のハエであり、大きな死骸にじとりとどす黒い血が滲んでいた。
気持ち悪いな。僕は目を背けて聞く。
「じゃあどうする?」
「あそこに山があるやろ?」
A助が指さした向こう、夕日を隠して、周りに比べ一際大きい山がそびえ立っていた。
「あれは神だ」
A助が言う。僕は一瞬で理解をする。あれがここの村人全員が信仰する山だ。夏には山のための祭りを、冬には祈りのための儀式をする。昔、祭りには行ったことがある。祖母は楽しいけれど、怖い祭りだと言っていた。そして、山には絶対に入るな、神様は直視すらしてはいけないのだと口酸っぱく言っていた。幼い僕が、西洋の神様は見ると嬉しいのになんで?と聞くと、祖母は、ここは西洋じゃないからなと呆れたように言っていた。
思い返すと、祖母を含めた村人達は出来るだけ西側を見ないようにしているような気がした。
そんな山を指さすとは、A助はどれだけ不敬なのだろうかと思った。良い意味でも悪い意味でも村に染まっていない。よく勝手に門番爺の道を駆け抜け、街に出て、親に怒られるくらいだ。
こいつ...まさかな......。
「あそこで2日過ごそうぜ!」
予想の出来すぎたセリフなのに、僕は直ぐに返答することが出来なかった。
「で、でもさ、あそこは特に子供は近づいちゃ駄目だよね。あれは神様だから、神様の体内には絶対に入っちゃ駄目で......。入ったら気が触れるって。だから......」
A助は僕の話を勢いよく遮った。
「大丈夫だよ!俺、授業がつまらない時、ずーーっとあの山見とるんよ。それでもなんてことないし。おかんもな、あれが神格化されたのは、ずっと昔、暑い暑い夏に干ばつがあった時、高い山が少し長めにお天道を隠してくれたから助かった、そこから神格化したんじゃあないかって言ってた。そんなくだんないことだよ。それに、みんな怖がって寄り付かないから、あそこら辺だけ人気がないんよ。この村から抜け出すにはもってこいや」
A助は説得力があるようなないような説明をしたが、もっともの話だった。人気がないから、目撃される可能性が少ない。足がつくことも恐らくない。
「それにあの山だけ入ったことがないんよ。やっぱり一人は怖い。年下の子を連れていく訳にも行かないし。けどもうお前が来てくれたから!俺ら親友な!」
A助はそう言ってニッと笑った。
僕は必要とされたことが嬉しくて、頬が緩んでしまった。でもそれがバレるのが恥ずかしくて、明後日の方を向いて呟く。
「僕もA助がいて楽しいよ」
最初のコメントを投稿しよう!