不規則なSOS

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「ぼくたちは死体を発見したあと興奮状態で誰も気づかなかったんですが、見つかった女性の持ち物やその周辺から無線機が見つからなかったみたいなんです。でもそれはありえない話でした。だってぼくたちはその無線機からの信号をキャッチしてそこまで来たんですから」 「誰かが遺体を見つけた後に、SOS信号だけを送りその場から去ったという可能性は?」 「警察はその可能性も洗ったようですが、めぼしい情報はなかったそうです。遺体が発見されてから死後二日が経過しているようだったので本人が信号を出した後に無線機がどこかになくなったという可能性も低いみたいです」  確かに彼の言う通りそれはおかしな話だった。死体がSOSを発信できるわけがない。じゃあそのSOSは一体どこから、誰が発信したのだろうか? 「まあ遺体を見つけるなんてことはあまりないことですけど、登山をしていると他にもいろいろ不思議なことが起こります。心を動かされることも少なくないです」彼はそう言って笑顔を作った。「どうです? 今度一緒に登山に行きませんか? ぼくでよければ必要な道具なんかは教えてあげられますよ」 「今の話を聞いて登山に対しておよび腰になっていたところさ。危険が付きまとう趣味っていうのは僕の趣向から外れているんだよ」 「そんなことをいったら水泳だって危険でしょう」  そうして登山の話題は終わっていった。その時は彼に言った通り登山など興味はなかった。しかしながら僕は結局富田くんの強い誘いに押し負けて、一度二人で登山に行くことになった。そして非常に認めたくない事実ではあるが、その日を境に僕は山を登ることの魅力にどっぷりとはまってしまった。その風景、緑の匂い、そこで食べる物。いつもの日常生活で当たり前に目にし、口に含む物が、全ていつもの日常生活と乖離していた。それは僕に新しい感覚を与えてくれた。  結局のところ登山は僕の趣向に合っていたのだ。自分で設定した目標に向かい自分のペースでゆっくりと進んで行く。他人と争ったりしなくてもいいというのも大きな魅力だった。そんな風にして何度か富田くんを含めた数人で登山にチャレンジしたり、一人でゆっくり地方の山に登りに行くこともあった。
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