不規則なSOS

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 それから大体一年くらいが経過した後だった。僕は一人である郊外の山を登っていた。その日は天候が不安定で何度か足止めを食らっていたので、当初の予定よりだいぶ遅れた時間に自分が設定した場所に到着した。何物にも代えがたい心地のいい達成感が疲労した身体を包み込む。冷たい新鮮な空気が体内を循環し、疲労を押し流してくれるようだった。  無線機がハウリングを起こしたのはその時だった。突然ノイズが走ったような音が鳴り響き、僕は何事かと無線機をチェックする。続いて聞こえたのは不規則の連続のクリック音だった。長音。少し間があって短音。それが三回繰り返される。そこで僕は誰かのSOS信号だった確信した。信号強度も強く、ここからそう遠くない場所からのものだと分かった。薄暗くなり始めている登山道を引き返し無線機を使って、強い信号の発信元へと向かって行く。  その最中、僕は早足で歩きながら一年前に聞いた富田くんの話を思い出さないわけにはいかなかった。遺体から発せられた正体不明のSOS。思えば今のこの状況はかつて富田くんが語っていた内容と酷似していた。――もしかしたら僕が向かっている先には遺体があるのではないだろうか?    最初に僕の視界に入ったのは道端に無造作に置かれたザックだった。そして近づくにつれてそのザックには見覚えがあることが分かる。使い古され色が落ちたベージュ。もう廃盤となっているらしいブランドのロゴ。そして彼が愛用していたトレッキングポール。そしてその場所から30メートルほど離れた場所に誰かが横たわっているのが見える。色白くなり精気がなくなったその人物は間違いなく富田くんだった。
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