拝啓、名探偵様。僕はトリックを使い、親を殺しました。

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拝啓、名探偵様。僕はトリックを使い、親を殺しました。

 ある夜。私のなかに、ひとつのハガキが放り込まれた。年の頃は、小学生くらいか。  書き出しは、拝啓、名探偵様。  毎日、たくさんの人の様々な思い、思惑が集まる私のなか。これまでたくさんの月日をこの同じ場所で過ごしてきたが、サンタクロース宛の手紙はよく見かけたものだが、名探偵宛の手紙というのは初めてのことだった。  当然そのハガキには名探偵という宛名のみで送り先の住所は書かれていない。これでは届け先不明で、すぐにこのハガキの持ち主の元へ返ってしまうだろう。  あれくらいの歳でこんなハガキを書いて、ついポストに投函してしまうとは。よほどのミステリ好きで、名探偵に憧れているのか。  だが気にかかった。  あれくらいの歳の子どもがあんな夜も更けた時間帯にわざわざ私の元まで足を運び、私のなかへハガキを投函していくなんて。  私は少し不安を覚えつつ、ハガキの裏面に書かれている手書きの文字へと目を通す。 拝啓、名探偵様。 僕はトリックを使い、 親を殺しました。 僕からやらなければ、自分が殺される。 そう考えたからです。 僕は本に出てくる名探偵が大好きです。 なぜなら、犯人の考えたトリックをかっこよく当てることもあるのですが、 なぜ犯人が殺人をしてしまったのか、 きちんと最後まで、お話を 聞いてくれるからです。 僕は、僕がなぜ自分の親を殺してしまったのか、憧れている名探偵に、 聞いてもらいたいのです。 そして僕の考えたトリックを、僕の目の前で、 かっこよく当ててほしいです。  名探偵というのが人間たちの世界ではどのような存在であるのかは、ポストである自分には、詳しくはわからない。けれど、住所が書かれていないという状態のハガキから察するに、名探偵という人間は、この現実世界には存在していないのかもしれない。  だがこのハガキを、できることなら。名探偵の元へ、届けたいと思った。届いて欲しいと、思った。  ハガキというツールをあえて選んでいるのは、ひとりでも多くの人間に、自らの今おかれている現実と気持ちを、知ってもらいたかったからだろうか。文章を書いた紙を封筒などに入れ、その封筒に自らの名前や住所などを書く手紙では、住所が書かれていなかった時点で弾かれ、書かれている便箋の中身までは、読まれることがないから。だが宛名や住所が同じ紙に書く形式のハガキであれば、回収担当の郵便局員や本局の郵便局職員が、もしかしたら、読んでくれるかも。そう期待しているのかもしれない。  同時に、名探偵なんてこの世には存在しないんだと、本当は、わかっているから。  やがて郵便局員が道路の端に車を停め、こちらへとやってきた。私に備えつけられた扉を開き、私のなかに集まった手紙の数々を次々、回収していく。途中、例のハガキを掴んだ郵便局員の手が回収の動きを止め、一瞬ハガキを注視した。かと思うと、自らのズボンのポケットへ、そのハガキを突っ込んだ。え、と私が疑問に思った瞬間、郵便局員の独り言が、微かに聞こえてきた。 「ようやく、私のを役立てる時が、きたようだな」
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