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13. ぬいぐるみ
「今日は本当にどうもありがとうございました。コロッケもケーキもご馳走様でした。今後ともよろしくお願いします」
「いえいえ、また遊びにいらしていただきたいわ」
「田村さん、今度はもっと好きな本の話でもしましょう。今日は時間が足りなかったからね」
「はい、ぜひ。お父さんの本棚も今度見せてください」
「待ってますよ」
田村くんは驚くほど両親と仲よくなってしまった。人懐こいからかなあ。それともうちの両親が意外といい人だったのかな。あの日のうちのお母さんなんか凄く嫌な感じだったのに、凄い差だ。
駅まで送ってくる、と残して、田村くんとゆっくりエレベーターに乗る。三階から一階なんて一瞬で着いてしまう。ここから駅まで普通の速さで歩いてものの十分、いや八分くらい。すぐに着いちゃうよ。
「田村くん、私のこと去年の学園祭くらいから好きだったってさっき言ったじゃん。あれ、ほんと?」
「ほんとだよ」
「知らなかった」
「うん、初めて言ったしな」
「もしかして私たちが変な踊りしたの見て? 違うよね」
「違わない。その変な踊りがよかったんだよな。あれもう最高だったわー」
最悪だ。歩道から車道に身投げしたい。私は友だち五人で変な踊りを披露したのだ。あれは前夜祭のことだった。みんなでお揃いの真っ黒な頭巾とマントで全身を隠して、それぞれタンバリンを持って、何の前触れもなくタンバリンを叩きながらステージに迫っていって、ステージ上でバンバンシャンシャンバンバンシャララララとおかしな踊りをやらかした。そしてタンバリンを叩きながら何も言わずにステージから去った。
よく考えろ、田村。あの変な踊りを見て、どこをどう好きになるのか。そもそも私の顔がどこにあるのかわからなかっただろうに。
「あの変な踊りするはやっちが、翌日は可愛い服着てミニバザーのお菓子売り場の売り子さんだったからなー。俺がお菓子たくさん買ったの覚えてる?」
「覚えてない」
「ひどいなー。マドレーヌとかパウンドケーキとか十個くらい買ったぞ。アピールのつもりで」
「ごめん、全然知らなかった」
手を繋いで歩くのは、何日ぶり? 二度目のデートはクリスマスの三日後で、コメディ映画を観て爆笑したんだった。カップルだからそれっぽい映画を観ようかと思ったけど、そこをコメディ映画にした。父親と息子である男児の中身が入れ替わる内容で、役者たちの演技が絶妙すぎて笑いが止まらなかった。
何気ない会話をしていたら、すぐに駅に到着した。そこで私の目は、バムバムバーガーのカニ太郎マークをとらえた。
「ねえ、バムバムバーガーのカニのマークあるじゃん」
「え? ああ、あのカニみたいなの?」
田村くんもバムバムの看板を眺めた。彼も何度も行ったことがあるだろう。大学最寄りの駅前にあるのだから。もう本当にどこにでもあるバムバム。世界を占領しているレベル。
「なんでカニのマークなのか知ってる?」
「……理由なんかあんの?」
「うん。あれね、カニ太郎っていうマークなんだって。バムバムでいつかカニクリームコロッケバーガー、みんなが食べられますようにって願いを込めてカニ太郎のマークにしたんだって。もしもカニクリームコロッケバーガーが毎日食べられたとしても、それでもカニ太郎が見守ってくれる、お守りみたいなものなんだって」
「へえ……俺もカニクリームコロッケ好き」
「だよね。今日もたくさん食べてくれたね」
「美味しかった。ありがと。お母さんにお礼伝えといて。また遊びに行かせてください、って」
「うん。来てくれてありがとう」
「こちらこそ。来るのが遅くてごめんな」
「ううん。気をつけて帰ってね」
券売機で切符を買って、田村くんは「じゃあな」と笑った。
「次、いつ会えるかな」
「また電話するよ。はやっちもいつでも電話して」
「うん。卒業式に着るもの考えとく」
「楽しみ。じゃあもう行くね」
「気をつけてー」
小さな改札口の自動改札を通り、田村くんは振り向いた。手を振って、ホームへの登り階段に消えていく。
卒業式までに一度くらい会えないかな。いやいや、もっと会えるかな? どうかなあ。それとも次は卒業式のときかな。卒業式だと二人になるのはちょっと難しいかもしれないから、どうなんだろうな。
私は帰りにバムバムバーガーに立ち寄った。もしかしたらあるかもと思ったからだ。
「いらっしゃいませ!」
「あの、カニ太郎のぬいぐるみっていうか、マスコットみたいなもの、ありませんか?」
「はい、こちらになります。手のひらサイズのキーホルダーです。赤、黄、青の三色ございます!」
「じゃあ、赤と青の一個ずつください」
「ありがとうございます、二つで六百円になります!」
一つずつビニール袋に入った、赤と青のカニ太郎。青い方は今度、田村くんにあげよう。二人でお揃いのマスコット持つのも可愛いじゃんね。
二日後、田村くんからうちの両親宛てに、短いけど丁寧なお礼状が届いた。びっくりした。しかもきれいな字で。
『拝啓 雪も散らつくほどの寒さとなって参りましたが、いかがお過ごしでしょうか。さて、先日は突然お邪魔申し上げたにもかかわらず、快く受け入れていただきまして、誠にありがとうございました……』
私ってば、田村くんのご両親様にお礼状も書いてなかった。何も、なーんにも、なああああああんにも考えてなかった。今さらお礼状なんて、間が抜けてて出せやしない。
「若々しい好感の持てるお礼状だわ。しかも字がきれいだこと。お父さんも字はきれいだけど、田村さんは少し女性的な字だわね」
お母さんが感心した様子で便せんを眺めている。私だったら『拝啓』『敬具』なんて使えない。困ったな、手紙の書き方も勉強しないと。
「お父さんがお仕事から帰ったら、このお手紙は見せましょう。明日香ももう社会人になるんだから、手紙のマナーもよく勉強するのよ」
「わかった……今度、本でも買ってくる」
「身についたお作法は美しいものだからね、ちゃんと実践しなきゃ意味ないわよ」
田村くんの株は上がりまくりなのに、私の株はどんどん下がっていくばかり。田村くんって、私には上等すぎる人なのかも。冷や汗が出る。
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