20. 告白

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20. 告白

 クリスマスにはまだ早かったけれど、私はどうしても田村くんに会いたかった。どうすれば会えるだろうかと迷ったが、もしかしたら待ち伏せできるかもと、彼の職場の近くで待ち伏せした。すぐそばには警備員の人がいて近づくのははばかられたので、通勤者の群れを目をこらして見つめていた。朝の九時を過ぎても見つからず、結局はすごすごと帰ってきた。そして午後から仕事に行った。  その夜、遅めの時間に、思い切って田村くんに電話した。どうかあの人が出ませんように。 「もしもし」  よかった、女性の声。お母さんかな。 「あの、早坂です」 「まあ、明日香さんね。ちょっと待ってね。義仁呼びますから」 「ありがとうございます」  待つ間もどうかあの人が出てきませんように。私は祈るような気持ちだった。 「もしもし、はやっち?」 「田村くん?」 「俺だよ、どうしたの? 今度のデートのこと?」 「ううん、実はその前に……ちょっと急なんだけど、できるだけ早く会えないかな。お仕事忙しいと思うけど……お願い」 「いいけど、待ち合わせが少し遅くなるかもなあ、いいの?」 「いいの。会えればいいの。お願い」  田村くんは快諾してくれた。本当にありがたかった。明日の夜、八時半くらいに田山駅前で待ち合わせすることになった。前に入ったファミレス『ドイチュ』で食事だ。  会う約束は取りつけた。あとは何をどうやって伝えるかだ。できれば真実を話したい。でもどこからどこまでが真実なのか判然としない。そもそも私に記憶がない。記憶はないが、身体的にあの日おかしかった。今までにない感覚と、知っているかもしれない感覚と、ひどく曖昧だったが何かしらは起こったのではないかと思われた。  何を、話そう。どうやって? 田村くんとあの人は実の兄弟だ。あまり手ひどく非難するのも気が引けた。それに自分の身も田村くんの身も心配だった。だけど。だけど、私は傷ついた。  傷ついたことを、みんな話そう。そうだ、わかることでいいから、話そう。私は、明日の夜に備えて眠った。夢も見ずに眠った。夢は嫌だった。あれ以来ずっと、夢に出てきたあのきれいな顔が嫌だった。  夜八時半前に田山駅に着いた。やはりまだ、田村くんは来ていない。寒い中、じっと改札口を見ていた。田村くんが早く来ますように。決してあの人が来ませんように。絶対に来ませんように。 「はやっち、ごめん、遅くなって」  目を上げると、田村くんが立っていた。コートの中のネクタイがよれっとしている。仕事で疲れてるんだ。 「ううん、大丈夫。ごめんね、急なお願いで」 「いいよいいよ、はやっちのお願いなら、何でも」 「ありがとう、ほんとに」 「それより寒かっただろ、待たせてごめん、早く行こう」  『ドイチュ』に入って、私はカルボナーラパスタと、田村くんはハンバーグを頼んだ。ご飯大盛りで、と言ってたので、お腹が空いているらしい。  私たちはしばらくは食事しながら歓談した。とにかくお腹が空いていたから、パクパク食べた。私も今日は患者さんが多かったから、結構忙しかったのだ。クリスマスにどこで食事するかの相談もした。  食事が済んで一段落したら、田村くんが「それで?」といった顔をした。どうか、私の言葉がうまく伝わりますように。お願い、神様。 「あのね……あの、変なこと言うけど……聞いて。あのね、田村くんの、お兄さんとね、仕事中の昼休みにばったり会ったの」 「兄貴と?」  田村くんの表情が変わる。いかにも「嫌だ」とオーラが出始めた。 「それで……あの……」 「うん」 「あの……怒らないで聞いて」 「はやっちに怒ったりしないよ。何かあったの?」 「あのね……道端でいきなり、キスされた……」 「なんだって!?」  だめだ、どうしよう。これだけで、田村くんは怒ってる。私が逃げなかったから。逃げられなかったから。どうしよう。怖い。 「はやっち……それで、大丈夫だったのか?」 「ううん、全然大丈夫じゃない……嫌だった。でも頭がっちり掴まれて逃げることができなくて」  田村くんは天を仰いで「なんなんだよ……あいつは」とつぶやく。私だって、そう思ってる。 「あの……それだけじゃないの」 「まだあんのか!」 「えと、その少し後に、職場から夕方出てきたら、目の前にお兄さんがいて。車で来てて。田村くんが事故に遭ったから、車で病院まで連れて行くから乗れって」 「事故なんか遭ってないよ! 元気だろ?」 「でも……まさかと思って……私、信じちゃって……お兄さんの車に乗って」 「あいつの車に乗ったのか」 「だって田村くんの一大事だから!……だから、必死で、車に乗っちゃって……」  涙が出てきた。だって、必死だったんだもん。田村くんに、死んでほしくなかったから。 「要するに、はやっちを騙したんだな」 「……うん。その時に、なんか変なクスリ飲まされたみたいで、クスリじゃないって言ってたけど……あの……目が覚めたら、その、身体が変で」 「身体が変?」 「う、うん。熱くて。身体が。それで、お兄さんからは、『君はもう処女じゃないよ』とかなんとか、言われて……私……」  田村くんは両手で顔を覆って、下を向いている。私だってそうしたい。いてもたってもいられない。すぐに、逃げてしまいたい。 「つまり……妙なもの飲まされて、もしかしたら身体を好き放題された、かもってこと?」 「かも……しれない。あの、記憶がないの、わからないんだけど……」  身体を好き放題。つらい言葉。でもきっと、事実。私は自分の身体と心が引き裂かれるような気持ちになった。 「ご、ごめんなさい……逃げられなくて。私のこと、見損なったよね……ごめんなさい。こんな弱くて、逃げることも、拒否することもできなくて、多分クスリか何かのせいだけど……ひどい。ひどいよ……」  じわりと涙が出る。田村くんはずっと放心状態みたいな顔だった。「信じらんねえ……ほんとに。あいつ鬼かよ……俺のはやっちに……」と囁くように言う。そうだよね、信じられない。私だって同じ。私は田村くんだけの私なのに。 「私のこと……き、汚いと思う?」 「なんで! 被害者だろうが!」 「でも……」 「はやっちは何も悪いことはしてない。悪いのは騙してはやっちを好き放題した兄貴だ……許せねえ」 「じゃあ、私のこと怒らない?」 「怒るよりも……どうすれば……どうすればはやっちの傷が治るのかが知りたいよ」 「私……傷ついた」 「だよな、当然だ」 「傷ついたよ私……」  私たちはテーブルを挟んで泣いていた。田村くん、わかってくれたかな。どうか、わかってくれていますように。お願いです、神様、お願い。  遅くなるまで私たちは黙って座っていた。重い空気が漂う。仕方ない、全部話したんだから。  田村くん、私を嫌いにならないで。お願い。
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