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24. 私の意思
仕事から帰る道でドラッグストアに立ち寄った。生理用品が切れそうになっていたので、慌てて買いに来たのだ。今は生理ではないけれど、気づいた時に買わないと。私は生理が重い。量も多いし、痛みもひどい。頭痛薬とナプキンをカゴに入れ、他の生理用品をぐるっと眺める。
そういえば、タンポンって使ったことなかったな。量の多い人はわりと重宝するって友だちが言ってた。痛そうだから敬遠していたけれど、使ってみてもいいのかな。
悩んでいたら、隣からすっと手が伸びてきて、私のカゴを取り上げられた。その手はタンポンを二種類くらい取ってカゴに入れ、そのままレジへと向かってしまった。
「あ、あの、ちょっと」
身長の高い広い背中。誰、なの。まさか。
その人はレジに立ち、会計を待っている。私はじりじりと後ずさり、逃げようとした。
「立て替えてあげたのに。お金、返してよ」
「え、あの」
「ほら、他の人の邪魔。早く外に出て」
田村くんと同じ声だ。やっぱりあの人。サングラスとマスクしてるけれど、私は騙されない。
「た……頼んでません」
「じゃあ、しょうがないな」
右手に持っていたバッグを、いとも簡単に奪われた。そのままくるりと背を向けて、すたすたと去っていく。ドラッグストアの前に停めてある車に、さっさと乗り込んでしまった。
私は運転席の窓をドンドンと叩いて言った。
「返してください! バッグ!」
窓が開いて、あの顔が、サングラスとマスクを外したあの顔が出てくる。
「返してほしければ、車に乗りなよ」
「嫌です! ここで返してください!」
「ほら、ここに置くから」
私のバッグは助手席に置かれた。運転席の窓からは手が届かない。私は仕方なく助手席に回って、ドアを開き手を伸ばした。あと数センチだったのに、あっけなくバッグは奪われた。バッグはあの人の手の中、どうやっても渡すつもりはないらしい。
「乗って。いつまでもそこでお尻突き出してたら、周りに迷惑だよ」
「返してください」
「乗ってくれたら返してあげるよ」
「嫌です」
「開けっぱなしの車のドアに誰かがぶつかったら傷ができるかも。君、弁償できる?」
私は内心思い切り舌打ちして、バッグのために助手席に乗った。それでもバッグは運転席の窓の下にある。返してなんか、くれないんだ。
「可愛い女の子が舌打ちなんかしたらよくないよ」
「そんなこと、してません」
「したでしょ。心の中で」
私は答えなかった。答える義務はない。車はどこへ向かっているのかわからない。遠くへ行かれたくない。
「バッグ返してください。降ろしてください」
「嫌だね」
「何でですか! なんなんですか! だいたいなぜここにいたんですか!」
「そばにいてほしい」
「……はあ?」
「俺のそばにいてよ。君に、会いたくて会いたくてたまらなかった」
わけがわからない。この人、何を言ってるの?
「君を車から降ろしたあの夜、君を離さなきゃよかったと思った。あの日は君を家に連れて帰ってたけど、そのまま帰さなければよかった」
「家に?」
「俺の家。あそこで君を何度も何度も抱いた」
やっぱりだ。私はやっぱりあの日、この人に。
「そのために、変なクスリ飲ませて、ですか」
「それくらい君が欲しかった。そもそもそんなものは飲ませてないよ」
「どっちでもいいです。私はあなたなんか欲しくないです」
赤信号だ。何とかして降りなきゃ。でも、バッグが。
「冷たいこと言うんだな」
「じ、自業自得じゃないですか」
「今だって、予定ひとつお流れにして、ここまで来てるのに」
「頼んでません。だいたいどうしてあの店にいるってわかるんですか」
「君の家の近くを見てた。ちょうど仕事が終わって帰る程度の時間にね」
「……そういうことは芸能界の人とやってください。私を巻き込まないでください」
車が走り出す。どこまで連れて行かれるのか。怖くなってくる。でも、何でもいいから抵抗しなきゃ。
「俺の歌、聴いてくれてるね」
「は? 聴いてません」
「聴いたって顔してる。作った俺には何となくわかる」
「どうせ街中で流れてます」
「その声が俺だってわかってる顔だ」
なんなのこの人。気味が悪い。どうしてこんなに決めつけて物を言うの。まるで何でも知ってるみたいに。
「今日は変なクスリは飲ませないよ。だから安心していい」
「バッグ返してください。それで降ろしてください。そうじゃないと安心しないです」
「自分の意思で、君は俺の家に来るんだ」
「何を言って……!」
「君はきっと、そうするよ」
ウインカーを出したかと思ったら、車は急に角を曲がった。人通りの少ない道だった。いきなり腕が伸びてきて、髪を掴むように抑えられる。
あの、キス……だ……
あの、奪われるような、キス。胸の動悸が速くなる。息ができない。鼻で息を、と考えても、うまくできない。苦しい。やめて。
すっと唇が離れる。はっ、と息をついたら、またキスが。
奪う。めちゃくちゃに奪われてしまう。飴を舐めた後みたいな甘い舌が、私の口の中を犯していく。身体が、いつの間にかぴくりと反応を始める。やめて、身体に触らないで。
もう一方の手が、私の胸を探っている。下着の上からでも、じわじわと感じさせられる。胸の突起を、円を描くように弄られて、私の下半身は泉のごとく溢れてきた。
「あ……あ、ん……」
唇を離されると、声が出てしまう。これならいっそのこと、キスしていた方がましだ。自分の声なんか、聞きたくない。私は薄目を開いて、この人の唇を求めた。
「……いい子だ、明日香」
うっとりするような、猫撫で声。彼の右手が私の首筋をくすぐる。嫌だ、唇を離さないで。声を聞きたくないの。指が胸に触れる。胸を揉みしだく。ビクビクと身体がはねる。
「好きだよ……」
好き?……好きって、どういう意味? わからない。私の股の隙間に指が忍び込んでくる。触れられる。また、キス。ああ、奪われてしまう。指が、下着の脇から。そうだ、今日はタイツ履いてなかったんだっけ。
「あ……!」
「ほら、一本入った。びしょ濡れだよ」
「あん、あっ、あ……ん」
何がどうなっているのかわからない。ただ、気持ちいい。気持ちがよくて、よくて、ああ、そこ、いい……
「も……い、く……」
「だめだよ」
「あ……」
身体が、指が離れていく。私は喘いだ。
「ついて来るね」
「ん……」
「俺のうちに来るね。『はい』は?」
「はい……」
「いい子だ」
身体が不完全燃焼で、つらい。私は自分で下半身に手を伸ばした。手首を掴まれてしまう。
「だめだよ。それは俺の役目」
ぼんやりとついて行って、知らない玄関先に入る。鍵の音が遠くに聞こえる。そのまま抱き上げられて、私は知らないベッドに沈んだ。
……いい香り……柑橘系の…………
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