6. イルミネーション

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6. イルミネーション

 少し歩こうか。足は痛くない? 疲れてたらタクシー使ってもいいよ。田村くんは何だか優しい。今夜のための演技なのかと思うと、ちょっと残念な気がした。手を繋ぐのも慣れてきた。彼の手の大きさを覚えてしまった。夜に田村家を訪れて、やるべきことを済ませたら、私はそれでお払い箱なのだと考えると、妙に寂しい気分になってくる。  出かけるとき、母には「人助けにデートしてくるよ」と言い残して出てきた。夕方が近づいてきて、こんなに面白くない気持ちになるなんて、まったく想定してはいなかった。 「なんだか元気ないね。俺んち来るの、やっぱり憂鬱?」  並木道は木々のすべてがイルミネーションで飾られていて、これから点灯されるのだろう。テレビでさんざん見ていたけれど、その中を自分が通るなんて。しかもこんな気持ちで。 「そんなことはない、けど、なんかさ」  田村くんは立ち止まって私の顔を覗き込んだ。私も立ち止まって顔を見られないようにうつむく。前髪分けてるからうつむいても意味ないか。  ぎゅっと手を繋いだまま。これ、嘘なんだね。みんな嘘。クリスマスなのに。 「なんか、ちょっとさ、なんか」  ボロッと涙が落ちてきた。コートに雫がかかったかもしれない。私自身びっくりしていると、田村くんはもっとびっくりした顔をしている。 「え、はやっち泣いてるの? なんで? 俺なんか言った?」  ぶるんと首を横に振り、笑おうとしたけれど、うまくできずに下を向く。繋いでいない方の手で、思わず口元を塞いだ。 「なんだか知らないけど、泣いてるのごめんな。俺が無理させたのかも。いいよ、今夜来なくてもいい。泣いちゃうくらいつらかったら、こんなことしなくていいから」  繋いだ手をぎゅーっと握って、私は首を横に振り続けた。違うの。そうじゃないの。あなたのお家に行くことなんか大したことじゃない。それが終わった後のことを考えると、凄く悲しくなるだけなんだよ。 「はやっち、泣かないで。君を泣かせるのは俺もつらいよ」  優しい手が頭を撫でてくれている。辺りがほんのり明るくなってくる。イルミネーションが点灯したのかな。 「……違う……」 「なに? もう一度言って」  かがんで耳を近づけてくれる田村くん。ありがとう、優しいんだね。どこまでが本当でどこからが嘘なのか、私わからなくなった。 「……今日は凄く楽しい」 「うん。でもいいよ、はやっち。無理しないでも」 「違う、本当に楽しい。でももうすぐ終わっちゃう」 「ん? 何が終わるの?」 「……デートが」 「うん。終わらせようね、早く。家まで送ってあげるから。無理させたよね、ごめんね」 「違うんだってば!」  少し大きな声を出すと、周囲のカップルたちが私を見た。構うもんか、誰も知らない。私が知ってるのは目の前の田村くんだけだ。繋いだ手をさらに強く握る。 「楽しかったから、終わっちゃうのが嫌なんだよ!」  田村くんはきょとんとして、私のことをじっと見下ろしていた。私よりもずっと背が高い。私の目の高さは田村くんの肩くらい。寄りかかっちゃおうか。旅の恥はかき捨てだよね。 「……はやっち、それって」 「うん」 「俺とまだ一緒にいたいって言ってる?」 「……うん」 「俺んち来るのも嫌じゃない?」 「そんなの大したことじゃない」 「じゃあ、どうして泣いてるの?」  クリスマスだし。旅の恥はかき捨てだし。今日は何もやっても許されるし。こんなことになったの田村くんのせいだし。私は田村くんの肩に抱きついた。 「今日が終わったら全部嘘になっちゃうの、嫌だ」 「嘘じゃないよ、はやっち。俺が頼んだんだし」 「今日が終わったら、もう会えないのは嫌だ」  田村くんは突然、ぎゅっと私を抱きしめた。突然のことに、思わず身じろぎしてしまう。男の子に抱きしめられたの初めてだ。こんな感触なんだ。こんな匂いなんだ。こんな、あったかさなんだ。 「俺のお願い聴いてくれたはやっちには、プレゼントあげる予定だったよね。何がいい?」  がやがやと賑わう並木道で、田村くんは私の耳元で囁いた。こんなにうるさい場所なのに、距離が近いとこんなに聞こえる。 「……いらないよ、そんなの」 「嘘だ。今ほしいものがあるはずだよ」 「思いつかない」 「物じゃなくてもいいんだよ。人間でも、気持ちでも」  ボロボロと涙が溢れてくる。どうしてだかわからないけれど、泣けて仕方がない。田村くんの腕の中があったかくて、冬の冷気は届かなかった。 「……田村くんがいい」 「うん」 「プレゼントは田村くんがいい」 「うん、俺もはやっちがいい」 「こんなはずじゃなかったのに」 「そうだね、びっくりだね」 「嘘じゃなくて、ほんとのカップルがいい」 「うん、俺も」  涙が止まらない。どうにかして止めようと、歯を食いしばってしまった。歯を食いしばるとワイヤーに絞められている歯がズーンと痛む。ようやく我にかえった。 「お家に伺うよ、ちゃんと。もう泣き止んだよ」  身体をそっと離して、私は照れ笑いをした。田村くんも笑っている。地味だけど、あくまでも地味だけど、優しくて誠実そうで、今日一日で大好きになってしまった笑顔だった。 「このまま、キスしちゃおうか」 「キっ! 何言ってんの! 田村!」 「黙ってしちゃえばよかった。泣いてるはやっちも可愛いよ」 「別に、私なんか可愛くない」 「そんなことないよ、可愛いよ」  そう言いながら、彼は私の髪の毛にキスをした。なんというか、頭皮に感じた。照れる。 「お化粧、直したい。泣いちゃったから」 「いいよそんなの。どんな顔でも可愛いのに」 「田村くん、いつの間にそんなに甘っちょろくなったの?」 「今日一日、はやっち凄く可愛かったからさあ」 「好きになった?」 「もともとわりと好きだけど、ほんとに好きになっちゃった」  私たちはそのままタクシーに乗って田村くんの家へ向かった。タクシーの中で化粧も直せた。そして私はお腹が空いていた。泣くと体力を使うことがわかった。  車内でも田村くんは、私の手を握ってくれた。
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