8. 炊き込みご飯

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8. 炊き込みご飯

 ふあっ! 何これ美味しい。炊飯器ごと持って帰りたい。凄くスーパーウルトラグレイト美味しい。 「美味しい、です……!!」  田村くんのお母さんが作った炊き込みご飯は、びっくりするほど美味しかった。田村くんは「うちではよくこれ食べるよ」とパクパク食べている。 「明日香さん、ありがとうねー! 作り甲斐があるわ、ほんと。これね、簡単なのよ。ツナ缶と玉ねぎしいたけにんじんのみじん切りをコンソメで炊き込んだだけのご飯なのよ」 「ツナ缶!」 「お金もかからないし、大した手間もかからないし、材料を炊飯器に入れとけば勝手に作ってくれる便利メニューなのよ。誰でもできるわよ」 「ものっすごく美味しいです!」 「おかわり、どうかしら? たくさん作ってあるから、どんどん召し上がって」 「い、い、いいんですか?」 「もちろんよ」 「じゃあ、おかわり……お願いします……」  彼氏の家に来てご飯のおかわりとは。まさか自分がこんなことをするとは思わなかった。食い意地の張った女と思われちゃう。 「明日香は食事をエンジョイできるから、俺好きなんだよなあ」 「たっ、食べすぎ……? 私、食べすぎ?」 「そんなことないだろ、俺、三杯目」  何をいただいても美味しい。ここは天国か。神々の食卓か。美味しくないものがない。この筑前煮、物凄く美味しい。こんなことあっていいわけがない。 「明日香さんは、お料理はお好きなの?」  お母さん、それだけは聞かないでほしかったです。 「……その、残念ながら……」 「嫌いなの? いいじゃないの、私もお料理嫌いなのよ。この世で一番大嫌いなものは自分で作る料理ね!」 「え、でもこれみんな凄く美味しいです」 「お客さま用に特訓したのよ。これら以外はほぼ下手くそ。一人の食事の時なんかカップ麺で満足しちゃうのよね」  カップ麺。カップ麺だと? 「わ、私もカップ麺は好きです」 「あら、どの麺がお好き?」 「私はやっぱりスタンダードなザ・ヌードルでしょうか……」 「あれは永遠のカップ麺よね。私は最近はソースかける焼きそばのKAKU焼きそばがお気に入りよ」 「あれも最高ですよね!」 「よかったわ、明日香さんがお料理得意じゃなくて。今度、カップ麺たくさん用意しておくから、食べ放題ごっこしましょ!」 「はい!」  何ここ? 極楽? 仏陀がいる? 美味しいものが食べられて、お母さんはカップ麺信者? 最高じゃん。 「明日香ぁ、お袋とカップ麺食うくらいなら、俺とラーメン屋行こうぜ」 「うん、ラーメン屋のラーメンも好き。いわゆる町の中華屋さんとか」 「いいなあそれ。今度行こう。まずは学校のそばの『龍星(りゅうせい)』だな」 「四年もあの学校行ってて、私あそこのラーメン食べたことないわ。チャーハンだけ」 「誰と行ったの?」 「山岸(やまぎし)先輩とその仲間たち」 「ああ、あの人たちかー」  筑前煮もおかわりをいただいて、しいたけの絶妙な味わいに舌鼓を打つ。田村くんは自宅の中でも自然体で、大学の中で見る姿となんら変わらなかった。  田村くんのお父さんもお母さんもいい人で、話題に困ることもなかった。特にお母さんは私の不器用さをとても配慮、いやむしろ気に入ってくださって、料理も洗濯も掃除も「嫌よあんなもの! 嫌いよ!!」と叫び続けていた。本当だろうか。  デザートは緑茶とカステラだった。カステラ大好き。 「どうぞ召し上がって。これ主人が注文しておいた『烏骨鶏(うこっけい)カステラ』なんですよ。私これ大好きなの。カステラの中で一番美味しいから」 「うこっけい……」 「まあ、ニワトリの一種ですよ。少し高級なやつですな」  お父さんが教えてくれる。聞いたことないけれど、美味しいに違いない。  ふわふわのカステラをフォークで切って口に入れてみた。 「…………!!」 「いかが?」 「……お、美味しい、です」 「でしょ? 義仁もこれ好きなのよね」 「好きだけど、高そう」 「明日香さんがいらしてるのよ、値段なんて野暮なこと言うんじゃありません」 「美味しいです! 凄く美味しいです!! 私も親に教えます!」 「おお、じゃあこれを」  お父さんがショップカードみたいなものをくれた。烏骨鶏? らしいニワトリ? の写真がドーンと出てくる。裏には住所や電話番号が書いてあった。 「ここに電話すると送ってくれるんですか?」 「そうそう。明日香さんのお家は何人? ごきょうだいは?」 「私、一人っ子です」 「三人なら、この七千円の大きさがいいかもなあ」  お父さんが言うには七千円。ということは、ここにあるカステラは何千円? そもそも田村くんってきょうだいいるんだっけ? 「あ、うちは兄貴がいるよ。言うの忘れてた。ごめんごめん」 「お兄さんがいらしたのね」 「和仁(かずひと)っていうの。八歳上。アメリカで働いてる」 「あ、アメリカ……」 「留学してて、そのまま向こうで就職しちゃった。正月くらいしか会わないからな。もうすぐ帰ってくるかな」  大蔵省親子の上に、アメリカで仕事する兄。さっき聞いた話では、お母さんは幼稚園の園長先生。何というか、うちとは全然違う。  うちは信用金庫に勤めている父と主婦の母。そしてこれから歯医者の受付をやる私。何だか違う。多分かなり経済力も違う。田村家はもう十七代続いている旧家らしく、家系図もありそうな。やっぱり違う。 「ありがとうございます、烏骨鶏カステラ、親に言って取り寄せてみます。あ、それとも初任給で親にプレゼントしようかな」  何となく思いついたことをつぶやいたら、三人がどよめいた。 「素晴らしい。素晴らしいじゃないですか。明日香さん、あなたは立派なお嬢さんですなあ」 「本当よ。義仁なんか、そんな殊勝な心がけないわね、お父さん」 「なんだよ、失礼だな」  うちとはかなり違いそうなご家庭だけど、仲がよさそうなことはいいな。うちも仲は普通の家庭だけど、この家は楽しいなと思った。  そして何よりも炊き込みご飯が美味しい。
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