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3
次の日、いつものように大学へ行くと、哲也たちが構内のロビーにいた。
「よーっす、相変わらずここで朝飯?」
哲也がパンを齧っていたのでそう尋ねると、彼は咀嚼しながら頷く。しばしば朝食を食いっぱぐれては、ここで食べているのを目にするので珍しくはない。
洋は哲也の隣に座った。授業が始まるまでもう少しあるし、教室はこの近くなのでいつもここで少し話してから行く。
「あ、ゴールデンウィーク、無事にバイト入りました」
「ああ、付き合えたら祭り行くって言ってたもんね」
直樹がこちらを見る。大丈夫なの? と聞かれたので何が? と聞き返すと、彼は真顔でこう言った。
「いや……彼女が誰かと祭り行ってるところを目撃したり……」
「お前まだ傷口抉るか」
どうやら直樹は洋をからかっているらしい。ブラックジョークやシニカルな発言が多い彼だが、洋のつっこみに笑ったので良しとしよう。
「いや、お前らと行こうかなとも思ったけどさ。毎年行ってるし?」
「……結果的にね」
直樹の発言を洋は無視する。毎年彼女ができたら行く、と宣言するものの、結局毎年直樹たちと行っているので、結果は推して知るべしだろう。
「そうか。ちょっと残念だなー」
パンを食べ終わったらしい哲也が、ミルクティーを飲んでそう言う。
「なんだかんだで友達になってからずっと行ってただろ? それが途切れるのかー」
「……そういえばそうだね。いつも洋の慰め会みたいになってるし」
洋は笑った。哲也はストレートに残念がっているし、直樹はひねくれているけれど哲也に同意している。長い付き合いだからこそ、お互いのことが手に取るようにわかる存在は、ありがたい。
「サンキュー。でも、店長も困ってたから、売上に貢献してくれたら助かる」
「忙しいところに邪魔しちゃ悪いよ」
ここぞと言う時にまともなことを言う直樹。哲也も頷いて「俺ら二人だけで行くのもなんかなー」とぼやいている。そんな二人に、洋は感動してしまった。
「お前ら……! 本当に良い奴だな!」
二人にまとめて抱きつくと、哲也は声を上げ、直樹は小さく笑う。
「あ」
抱きついて見た先に、白川を発見した。彼は一人で講堂に向かっているようで、洋たちと同じ講義を取っていたらしい。
(一緒だったのか。……気付かないもんだな)
「……俺、ちょっと白川に話しかけてくる」
「「え?」」
同時に声を上げた哲也と直樹の反応も待たず、洋は白川を追いかけた。
「白川!」
洋が呼ぶと彼は振り返る。驚いたような表情をしていて、なんでだろう、と思ったその時。
「うわ……っ」
足が滑って転びそうになった。咄嗟に目の前のものにしがみついて事なきを得る。
顔を上げると、困惑したような白川の顔が見えた。洋は笑って立ち上がり、そのまま彼の手を握る。
「俺、お前に興味ある!」
なぜか周りがざわついた。白川はまだ戸惑っているのか、視線を合わせてくれない。
「……えっと……ほ、本気?」
「え? 本気だけど?」
相手を知りたいという気持ちに本気も嘘もないだろう。そう思っていると、今度は笑い声が聞こえる。ようやく周りを見渡した洋は、自分がとんでもなく注目されていることに気付いた。
「すっげ白川……ついに男までも釣ったか?」
「はあ? 何言っ……」
からかうような外野の発言に、咄嗟に反論しようとした洋。しかし冷静になって、今しがた転びそうになってしがみついたのは、白川だったことに気付いた。しかも今は、両手をしっかりと取っている。
「あ、いや! 悪い!」
洋はパッと手を離す。白川は「別に……」と言ってくれたので、気を取り直して話しかけた。確かに、いきなり抱きついて両手を握れば、白川も周りも戸惑うだろう、と反省する。
「俺、篠崎。シノでもヒロでも好きなように呼んで?」
「……」
歩き出した白川に付いていくと、彼は講堂の一番後ろ、端に座る。
「講義同じの取ってるなんて気付かなかった。……あ、隣いいか?」
「……ど、うぞ……」
内心拒否されなくてよかったと思いつつ、洋は隣に座る。そして改めて白川を見ると、男の洋からしてもかっこいいなと思うのだ。
「……な、なに?」
視線に気付いたらしい白川は、少し眉間に皺を寄せている。不躾過ぎたな、と洋は謝った。
「悪い。でも、興味あるのは本当。……いつも一人なの?」
「……まあ、だ、大体は」
どうやら、白川は会話をしてくれるらしい。やっぱり噂はあてにならないな、と洋は笑う。
「でもモテるでしょ? 昨日も告白されてたみたいだし」
「……」
すると白川は黙ってしまった。表情も変わらないので、何を考えているのかわからない。
――祖父と同じタイプなのかな、となんとなく思う。
「好きになれそうにないって思ったの?」
「……ああ、うん……」
「俺もさあ、昨日告白したんだよね。振られたけど」
そう言って笑うと、白川は気まずそうに目を泳がせた。それに気付いた洋は両手を振る。
「あ、別に嫌味とかじゃなくて。いつも友達としてしか見られないって言われて振られるから、恋人になるには何が足りないのかなって」
「……えっと……」
白川の目はまだ泳いでいる。普段を見る感じ、愛想はそこそこいいし、普通に話しているところも見たことがある。だから何か困っているのかな、と洋はその話題を強引に終わらせた。
「って、理由はそれぞれだよな。もしかして白川、喋るの苦手?」
「……ちょっと」
ふーん、と相槌を打ったところで哲也たちが来る。
「うわ、マジで白川と話してる」
声を上げたのは哲也だ。彼の棘のある言い方に、洋はネガティブな雰囲気にならないよう、明るく二人を紹介した。
「あ、白川。こっちが哲也で、こっちが直樹」
「……ども」
幾分かホッとしたように微笑を湛える白川。すると直樹が眉を下げた。
「ごめんな白川。どうせ洋が不躾なこと聞いてたんだろ?」
白川困ってただろ、と洋に視線を移す直樹。洋は心外だ、と口を尖らせる。
「思ったより悪くない奴だってわかって、仲良くなりたいって思ったの!」
「それだよ。思ったより悪くないとか、普通本人の前で言わないからな?」
悪口じゃないからいいだろー、と洋は言うものの、直樹はスルーだ。するとくすりと笑う声がして、隣を見る。
「……気にしてない。大丈夫」
(笑った……)
微笑だけれど、笑った白川は綺麗だ。これは女の子も放っておかない訳だ、と納得する。
そこで教授が来て話は強制的にお開きになり、洋は集中しよ、と短く息を吐いた。
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