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それからというものの、洋はことあるごとに白川を見つけ、タイミングが合えば話しかけた。
意外だったのは、講義もほぼ一緒なのに気付かなかったことと、彼は一人で行動することが多いということだった。あれだけモテて変な噂まで立てられているのに、不思議だな、と思う。
そうなると、聞きたくなるのが洋の癖で。
「なあ、いつも一人だよな。寂しくないのか?」
「……っ、げほっ」
昼休み。哲也たちと白川で昼食を食べながら、洋は思ったことを口にした。むせたのは哲也で、隣の直樹が背中をさすっている。
「おま、……もうちょい聞き方ってもんがあるだろ……」
呆れる哲也に、だってさ、と洋は続けた。
「本当に不思議なんだよ。話せば普通だしモテるのに、普段は一人で行動するようには見えなくって。悪い奴じゃないし」
これは洋の本音だった。最初はやはり戸惑っていたらしい白川も、話すうちに慣れてきたのか割と普通に接してくれる。この四人で行動することが増え、少し仲良くなって思うのは、やはり噂通り悪い奴じゃない、ということだ。
「あ、……うん。……ありがとう」
照れたのか目を泳がせながら礼を言う白川に、そういえばそうだね、と話に乗ったのは直樹だ。
「俺も意外だった。案外大人しいというか……」
「……話すのが得意じゃないから、気まずい思いをさせたくなくて」
白川の言い方に引っかかりを覚えた洋は、身を乗り出す。
「ん? 気まずい思いをさせたくない? 自分が気まずいのが嫌なんじゃなくて?」
「俺は別に……」
なるほど、と洋は思う。どうやら白川は、思ったよりも相手のことを考えているらしい。そういうところは洋も一緒のはずなのに、どうしてモテ度に差があるのだろうか。やっぱり不思議だ、と思う。
「そういえば、告白されてたとき、なんか言われてたよね女の子に」
「……っ、ああ……」
洋の質問に、白川はまた目を泳がせる。何かあるのかとじっと見ていると、彼は目を伏せてしまった。
「どうにも……押しが強い子には逆らえなくて……」
「……なるほど」
確かに先日見た時、告白していた女の子はそんな雰囲気がある子だった。押せば言うこと聞いてくれると思われているのは、良いのか悪いのか。
(いや、良くはねーな)
現に、白川を良く思っていない人もいる。噂も本当だと思っている人がいるからこそ、洋が話しかけた時に「男まで釣ったのか」なんて言われてしまったのだ。
「ぶっちゃけ、告白してきた子はタイプじゃなかった? ま、ああいう子は俺も勘弁だけど」
「……そうだね。そうじゃなくても、期待、させるのは良くないな……って」
さらに聞けば白川は以前、お試しで付き合っていたことがあったらしい。けれどどうにも好きになれなくて、それ以降、お付き合いだけは断っているという。
(だからか。友達としては遊ぶけど、恋人としては付き合えない)
そう思って、既視感のあるパターンだな、と思った。そしてその答えを直樹が呟く。
「……洋とパターンが似てるね」
洋はモテないパターンだけど、と癒えかけた傷を抉る直樹。洋は机に突っ伏した。
「うっせー……。ってか、お前らも恋人欲しいとか思わないの?」
いつも洋のことをからかうものの、自身の恋愛話はあまりしない直樹と哲也。哲也は「そりゃあ」と口をモゴモゴさせたが、直樹は「あまり興味はないかな」と冷めている。
「白川は?」
「えっ?」
「白川は、タイプの子が告白してきたら、付き合いたい?」
洋はそう言うと、白川は狼狽えたように目を泳がせた。どうしてそんなにそわそわしているのだろう、と思っていると、彼は俯いて振り絞るように言う。
「つ、……付き合い、たい……とは思う。けど……」
「まじか。告白断ってるから興味ないかと思った」
白川の返答に哲也が意外そうに声を上げた。確かに、哲也の言うことも一理あるな、と洋はさらに身を乗り出す。
「え、どういう子が好み?」
「こ、好みっ?」
どうしてか、洋が近付いたぶん白川は身を引く。声をひっくり返して、「えっと……」と一生懸命考える素振りを見せるので、洋はおかしくて笑ってしまった。
「……なんだ。漠然と彼女欲しいって感じ?」
「い、いやっ。こういう人となら、楽しいだろうなってのはあるよっ?」
「はいっ、俺は足が綺麗な子!」
「哲也はずっとそれ言ってるよな」
洋はまた笑う。出会った時から言っている哲也の好みは一貫していて、しかもかなりこだわりがあるようだ。だからか、なかなか付き合うことができていない。対して直樹も、恋愛に興味がないのは相変わらずだ。
「お、俺は……」
白川が絞り出すように言う。
「明るくて、優しくて、人の輪の中心にいるような人……」
「うわ、それって人気者じゃん? でも白川なら付き合えそう」
しかもそういう子なら性格は絶対いい子だ。どうやら白川は見た目に反して奥手らしいから、何か彼の役に立てれば、と思う。
洋は少し考えたあと、スマホを取り出した。
「よし。白川、連絡先交換しねぇ?」
「えっ?」
大学で会えば話をするものの、連絡先まではまだ聞いていなかったのだ。洋はQRコードを表示すると、白川に見せる。
しかし白川は躊躇ったようだ。落ち着かなく視線を巡らせ、机に置いた手が握られた。
「……もしかして嫌か?」
「……っ、いや、そういうわけじゃないけど!」
なぜか慌てたようにスマホを取り出す白川。お互いに連絡先を交換すると、直樹たちも「俺も」と言って交換する。
「……」
交換し終わって、白川はしばらくスマホ画面を眺めていた。洋はどうした? とその画面を覗き込む。
「え? ……っ、うわっ」
なぜか大袈裟に驚いた白川。危うくスマホを落としそうになり、それを両手で持ち直した。ふう、と息を吐く白川のスマホには、洋の名前が表示されている。
「……俺?」
見えた画面にそう呟いた。なんで? とそのまま白川を見上げると、彼はすぐにその画面をオフにする。
「あ、いやっ、そのっ! ……フルネームで登録されてたから、こういう字を書くのかって……っ」
「……ああ、たまに読み方聞かれるけど……」
別にそんなに驚かなくてもいいじゃないか、と洋は思う。どうしてそんなに慌てているのだろう、とじっと見ると、白川は気まずそうに視線を逸らした。
「……こう、『友達』って感じ、滅多になくて……」
「はあ? あれだけモテるのに?」
声を上げたのは哲也だ。そして、本当に顔だけでモテてるんだな、と言っている。洋もそう思ったけれど、なんとなく白川の性格がわかってきて、口を尖らせる哲也を宥めた。
「仲良くはないけど向こうから寄ってくるって感じか。白川も拒否しないんだ?」
「う、……俺が誰かを庇うと喧嘩が始まるし」
そうかー、と洋はため息をつく。モテるのに奥手なのは、確かにトラブルの元になりそうだ。
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