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 とつおいつしながらも、こんな不自由な生活に少しずつ慣れてきた矢先に、実家から久志宛ての手紙が回送されてきた。  封を切る。久志は手で口を覆った。中学校時代の旧友が急死したのである。  昼クリーニングに出した背広の喪服を夕勤帰りに受け取って、そのまま式場へ歩いて向かった。夜がすでに街に落ちている。仕事後は家に帰って引き籠るため、夜の外出は殆どない生活だったので、連夜の熱帯夜が、街の夜景を一日ごとに見ちがえさせているのを、久志は知らなかった。  家々の生活はカーテン越しの電灯に影絵のように閉ざされ、住宅塀の隙間から茎を伸ばしている夏花が火の点いたように鮮やかな化粧を見せつけている。空気は異常なほど澄んでいて雲もなく、濃紫のガスの輝きに満ちた星空は美しく、煌々と浮かんでいる月の表面の細かいクレーターの一つ一つまで分かった。  それだから葬儀場は余計に、南半球にでもあるかのように思われた。葬儀場に入ると時差だとか季節の変わり目のような疲れを感じて、姿勢や足取りがおかしくなった。久志は他人の白い視線を嫌って俯きがちに参列した。久志がまずそれを拒んでしまえば、あとは他人の物珍しそうな視線が全部、反磁力線のように久志を避けて通り過ぎていくだけなのを、気にしなければいいのだ。 「今年でまだ二十六ですって」 「そんな若さで死ぬなんて。親よりもその更に親よりも先に。可哀そうにね」  故人の市村(いちむら)は、バイク事故で死んだ。久志をここへ招いたのは、木製の棺桶の底で横たわっている中学時代の友人だった。出棺の際、久志は棺に白い蘭を供花した。顔を見た。薄黄蘗(うすきはだ)の肉の仮面を被っているようだった。三年前に同窓会で会った時は、もっと健康そうな顔をしていたのが懐かしい。  久志はまだ二十五である。同級生が死に始めるにはまだ若すぎる気がする。何か尋常ではないことが起きている気がする。或いはこれは何かの前兆ではないだろうか。  災難は困り果てたときほど立て続けにやってくるというが、まさにそうして久志は、市村の葬儀も過ぎたばかりの翌月にまた別の葬儀に招かれた。久志の妄想は剣のように鋭い直感に変わった。  招待状の封を切った。故人の砂田(さだ)は、やはり久志の中学時代の友人だった。
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