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 店内はたいそう狭く、その割に隅々まで灯りが行き届かずにほの暗かった。ペットショップというだけに、様々な飼育用品の商品棚が所狭しに並んでいて、並んでいるというよりは放置されているようなものもあって、場所によっては人の通る隙間すらないように思われる。  袋入りのペットフード、飼育用ケージ、或いは観賞魚や爬虫類用の大型水槽。それらはみな飼育用品という以上に共通点はなく、みなめいめいの縄張りを分譲していたが、そのどれもがとびかかろうと低く身構える肉食獣のように、久志に目を光らせていた。 「お客さんはいませんね」 「ええ。大体いつもこんな感じで。まあ忙しくないのは僕らには楽です。でもこの子たちにとっては不幸かもしれませんね」 「この子たち?」  優斗は立ち止まった。久志も歩を止めた。見上げた視線の先に、壁一面に飼育ケースを升目に並べられた幼い犬猫数匹が、仄かな獣の匂いを漏らしている。 「みんな今年生まれたばかりです。こっちがチワワでこの子がパグ、あの子がシャム、それからラグドール……」  優斗はあちこち目で追いながら一匹一匹品種を言い表した。  ある仔犬は、近付いてきた久志に興味はなく、彼を一瞥すると眠気眼に欠伸をして、マットに伏せて目を閉じる。ある仔犬は久志に明らかに敵意を向け、今にも嚙みつかんと鋭い牙を剥き、ショーケースの透明な窓に前足の肉球を押し付けて、喉を唸らせて威嚇している。仔猫もおおよそ同様である。  久志はこんな可愛らしい動物たちに気を取られているのに、さっきからずっと頭上の天井の蛍光灯が、不穏にちかちかしている。  蛍光灯がぷつんと消えた。そのとき久志の感情の灯火も一本ずつプラグからショートして火花を散らしながら弾けた。  急に久志は卒倒するみたいに膝から崩れ落ちた。 「ちょっと、大丈夫ですか」  久志はそんなあからさまに動揺する優斗を見ると、不相応に激しい怒りを覚えた。どうせ彼は自分に気付いているだろうに、何故自分を責めようとしないのか久志には分からない。責められることで、久志は罪の認識から解放されるはずだったのに。久志は今ただ優斗だけを強く意識していた。 「ああ、ああ、どうして」  しかし優斗は、一つも責める素振りを見せなかった。それどころか久志を思いやるような態度に出たので、久志は身を引き裂かれるような気がした。優斗を強く意識したから、苦しめられた。 「どうして僕を責めないんだ」 「え?」 「最初から気付いてたんだろ。僕は君に一瞬で気付いたんだから。僕は小滝久志だ。あれだけのことをされて、覚えていないわけがない。中学生の君を、中学生の山本優斗の尊厳を弄んだ、正真正銘の悪人じゃないか」  久志はまるで自分に言い聞かせるように訴えた。  すると優斗は犬の首輪のように気を引き締めて言った。 「ああ。君の言う通り気付いていたよ。すぐに思い出した。ああでも僕には、小滝君を責めることなんて出来なかった」  優斗がそう口にしさえすればすぐに悲しみが自分を慰めるだろうという予想は外れ、逆に久志は言いようのない怒りにわなわなと震え立った。優斗を強く意識したことが、かえって無意識の強い反感を買ったのだった。 「ふざけるな」と、久志は顔を真赤にして立ち上がると、優斗の白いTシャツの襟元に絞めかかった。だがそれは空気を掴むようだった。 「僕は君のために苦しんできた。君を苦しめたことに苦しんできた。それなのにどうして君は僕を赦すんだ。今すぐ僕を殺してくれ。殺してくれよ」 「赦すもなにも、だってそれは僕にはもう関係ないことだったからだよ。僕は君を殺さないし、僕は君に何もしてやれない」  久志は絶望した。
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