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二人が残り札を真正面に置いたことを確認すると、詠み手は次の読み札を手に取った。
〈あまつかぜ……〉
空札だ…… 「あ」と聞こえるだけで全身の毛が逆立つように焦るからやめてほしい。二人はそんな不条理なことを考えながら「あさぼらけ」に向けて気を張り続ける。
〈わたのはら……〉
空札だ…… 今の緊張状態では「わ」と「あ」すらも聞き間違えそうになってしまう。歩美はここで勝負をかけた。「わ」と聞こえた時点で二度目のフェイントをかけ、自陣の「よしののさとに ふれるしらゆき」に手を伸ばしたのである。ただ、伸ばしただけで札に触れるようなことはしない。
真彩は不動であった。「わ」と聞こえていたためにピクリとも手を動かさなかったのである。
一度失敗した手が通じる訳がないか。これでお手つきをしてくれれば儲けものだったのだが…… 歩美は心の中で舌打ちを放ってしまう。
もう、二人の緊張は頂点。残りの読み札も少なくなったが、未だに大山札二枚は詠まれない。こんな試合は初めてだし、実にやりにくい。
こんな鉄火場のような競技かるたがあっただろうか…… 二人がそう思うと同時に、運命の時が訪れてしまった。
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