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〈はなのいろは うつりにけりな いたづらに わがみよにふる ながめせしまに〉
空札だ。二人は微動だにしない。一瞬程の休憩の後、詠み手は次の詠を詠み上げる。
〈あさ……〉
ついに来たか大山札! 歩美は敵陣に置かれた「よしののさとに ふれるしらゆき」の札を払い手で薙ぎ払いにかかるが、札には触れずに空を切り翼の残像を残すのみ。
真彩はそれに釣られ、自陣に置かれた「よしののさとに ふれるしらゆき」に突き手で覆い被さろうとするが、札に触れる直前になって手を止める。
詠み手は最後まで詠を詠み上げた。
〈あさぢふの をののしのはら しのぶれど あまりてなどか ひとのこひしき〉
空札だ…… 歩美は「あさ」の発音の仕方で「あさぼらけ」ではないと気が付いていた。
それにもかかわらずに手を出したのはフェイントのため。こうして手を出せば、真彩も手を出すと思いお手つきの誘発を行ったのである。
真彩も空札であることに気がついてはいたのだが、歩美が払い手を放ったことで「つい」突き手を放ってしまった。いつもであれば、こんな単純なフェイントに引っかかることはないが、残り少ない鉄火場であることから焦って手が出てしまった…… だが、ギリギリのところで手を止めることでお手つきは回避。まだ、あたしは舞える! 真彩は思わずにニヤリと口角を上げてしまう。
歩美はこのフェイントでトドメを刺しに来たのだが、失敗したことで僅かな焦りを覚えていた。
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