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ひたすらアクセルを踏み、田舎道を走った。高速に乗って、やっとひと心地ついた。
「健ちゃん、私研修なんて受けないのに、嘘ついて出てきちゃったよ⁈」
「帰るまでに何か見つけたらいいだろ」
「そんないい加減なの……!」
「じゃああのまま実家にいた方が良かったか?」
夏帆は言葉に詰まったけれど、息を吸ってこう言った。
「職も無いのに……あ、健ちゃんも無職だ! どうするの二人とも無職だよ⁈」
夏帆はテンパりながら続けた。それについては耳が痛い。
「ホテルのディナーなんて、とてもじゃないけど行けないよ!」
「うるさいな、行くんだよ、ディナー代ぐらい払えるから言ってんだろ? まぁくんが食べさせたかったんだから、食べなきゃダメだ。俺が予約を取ったんだ、まだ仕事が終わってない!」
「何言ってんのもうキャンセルしたよ!」
「うるさいな黙って美味いもん食えばいいだろ?」
また文化祭の時みたいだ。
高二の文化祭。実行委員になった夏帆と僕は、事あるごとにぶつかり合った。
「健ちゃん、そのやり方じゃ参加できない人が出てくるやん!」
「うっせーな夏帆、やれる奴からやらないと間に合わねえっつの!」
「まあまあ、健も夏帆ちゃんも、ちょーっと落ち着こうや?」
「そうそう、ほら、取り敢えずタコ焼き屋台するってのは決まったからさ?」
武とか重ちゃんが間に入って調整してくれたから良かったようなものの、僕達のクラスの企画は空中分解しそうだった。
でも、あの時からだ。僕が夏帆を呼び捨てにするようになったのは。夏帆も田坂君から健ちゃんと僕を呼ぶようになった。毎日居残りして一緒に帰ったのが懐かしい。そうだ、夏帆は昔から人に対して思い遣りがあったな。
「次のパーキングエリア、会った場所の向かいのとこだね」
緑看板には、一昨日と同じパーキングエリア名の表示が見えた。
「腹減った人ー!」
呼びかけてみたが、夏帆の返事がない。
「……もう、ちょっと、言い方っ!」
夏帆が怒った様に言った後、ププッと笑った。
「空腹の方ぁー! 空腹の方はいらっしゃいますかー?」
僕は笑うのを堪えて言い回しを替えた。いかにもホテルマン然とした声で。
「はーい!」
夏帆が笑いながら、小学生みたいに元気に返事をする。
「ラーメン食べようよ、居残りの後食べたみたいに」
「賛成」
僕はパーキングエリアに入るべく、ウインカーを左に出した。
並んでラーメンを食べながら僕らは話した。
「あのさ、夏帆」
「ん?」
「一週間と言わずにずっといていいよ、帰れるようになるまで」
「でもそれは……」
「俺もさ、実家リフォームするけど帰るかどうか決めてないし」
「うん」
「仕事も無いのに帰れないし。だから気持ちが決まるまで、夏帆もいたらいい。気にするなよ」
僕達は境遇が違うようで、根っこの所はよく似ていた。
もう戻ってこない無くしたものを忘れられず、反芻してはそこから一歩も動けない。だから自分がいて立ち上がる場所すら失ったのだ。
僕達は何とかまだ生きている。それならば、もう一度作り直さないといけない。自分の居場所を。
「健ちゃん、ありがとう」
「夏帆、礼を言うのはまだ早い」
「そうかな」
僕らは自販機に向かった。
「それはホテルのディナーを食べてから言ってくれ」
「それ⁈」
「美味いから覚悟しとけ。鼻血出すなよ?」
「そこまで言うなら食べてあげてもいいけど」
それぞれに買ったのは一昨日飲んだ飲み物と同じだった。僕はスポーツドリンクで、夏帆はサイダー。けれど同じ車に乗って一緒に僕の部屋に帰る。
「夏帆、あのさ、」
「ん……?」
僕を見上げた夏帆の左薬指には、指輪が無くてまっさらな事に、今、気づいた。
「いや、行こうか」
言おうとしたことも全てすっ飛んだ。僕は夏帆の左手を取って、車に歩き始めた。
「健ちゃん⁈」
「いいじゃんどうせ、周りにはそう見えてるよ」
空には大きな入道雲が垂直に広がっていて、動き出した大型トラックが太陽の光を強く反射した。
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