1-3.決闘

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1-3.決闘

 その夜、カンテラを持った村の住人達の長い列が山の頂上付近まで続いた。その様はまるで山から一筋の溶岩が噴き出ているかのようだったという。  ジョイルの傷を完治とはいかないまでも塞いだことで、エリクシールは奇しくも一定の信憑性を得た。ギスペルがいくらヒールを使っても治癒できなかったのに、エリクシールはたったの三瓶だ。それだけではない。物は試しと、傷付いた鉱夫達にエリクシールを使ったところ、たちまち傷が癒えたのだ。  そして、ダンはそのエリクシールが滾々と湧き出る温泉があるというではないか。  深夜にも限らず、多くの住民が招福の光湯を一目見ようと山を登った。その数は百人ほどにまで上った。  事故から一夜明けて。 「ああ……エリック……俺は……」  ジョイルが目を覚ました。彼は村の住民達に担ぎ上げられて、招福の光湯まで運ばれた。そして、三時間に及ぶ湯治を行い、陽が昇って来た頃、村に帰ってきた。そして今、ようやく意識を取り戻したのだった。 「お父さん!」  エリックは歓喜の涙を流し、ジョイルにしがみついた。  ギスペルが信じられないものを見るかのようにジョイルの腕を診察した。ジョイルの腕はまだ傷跡が残るもののジョイルの意思に従って動いた。結局、栄養を取って療養すれば、すぐにでも退院できるとの診察が下った。 「ダン、お前、凄いじゃないか!」  ダンを肩車で担ぎ上げたのはガッシュだった。  ここは、セゼの実家が運営する村で一番大きなレストランだ。  現在、約百人の目撃者によって招福の光湯が癒しの魔素をふんだんに含む非常に高い効能を持つ温泉だということが証明され、また、崩落事故の怪我人を全員治療できたという祝いの席が設けられていた。参加者は60人ほど。店はぎゅうぎゅうだ。 「おい、現金な奴だな。あんだけ俺らフォルトゥーナ家を批判してたくせに」  ガッシュはジョイルを始めとした鉱夫仲間達が快癒したのを非常に喜んでいた。 「うるせえな。せっかくの祝いの席なのに興が醒めるじゃねえか。おい、もっと酒持ってこい!」  エプロン姿のセゼが「まだ昼間よ」と言いながらも、酒瓶を持ってくる。ガッシュはダンを投げ捨てるようにして肩車から降ろすと、代わりに酒瓶を手に取った。 「いったいどんな魔法を使ったの」  セゼがダンを小突く。セゼはこのレストラン『若草亭』の店員として働いている赤い髪の少女だ。ダンとは生まれた時から幼馴染として一緒に育ってきた。 「何も。俺が魔法を使えないことは知っているだろ」 「そうだけど、突然明るくなっちゃって。変なダン」 「俺が明るいことの何が不満なんだよ」 「不満はないわよ。ただびっくりしただけ」  セゼは腰に手を当ててため息をついた。 「昔を思い出すわね……」  セゼは騒がしい店内を見てそう言った。  今の店内の様子はかつてミスリルで栄えたレストラ島が再現されているかのようだった。昔、およそ十年前くらいだろうか。当時五歳だったダンとセゼは鉱夫達の飲み会に連れられ、よく夜中まで騒いだものだった。  レストラ島は村が皆、家族ぐるみの付き合いだ。みんなが知り合いで、みんなが互いを慮っていた。 「ああ、本当に」  ダンは目を細める。  そして、ダンは店内の奥で腰掛けるハークの元へ歩み寄る。 「父さん、もう止まれないぜ。ここまで来たら腹を括るしかない」 「ダン……」  ハークは急変する事態についていけていないようだ。祝いの席に参加しているものの酒は進んでいないようだった。 「ダン、何の話?」  セゼはダンに問い掛ける。 「何って決まっているだろ。招福の光湯の利用法についてだよ」  その言葉を聞いた周囲の者の話す声がピタッと止まった。ガッシュもそのひとりだ。 「ハーク。まさかとは思うが……」  ガッシュは酒瓶を片手にハークを見下ろす。ガッシュは屈強な大男だ。対してハークは中肉中背。しかも今は座っている。ハークはまるで狂暴な魔物に威圧されているかのように感じていた。 「あの温泉を独り占めしようってんじゃねえだろうな?」  ガッシュの大声で店内の皆が静まり返ってガッシュを見た。 「あの温泉の効能は本物だ。ギスペルには悪いが、あれがありゃあ医者いらずだ」 「けど、俺が見付けた。それも、俺の一族の土地で」  ダンは背の高いガッシュを見上げて言った。 「確かにそうだがな……あれは公共のモンにすべきだろ。みんなが自由に使えるようにするんだよ。なあ、ハーク。俺はお前が悪いとは思っちゃいねえよ。悪いのはお前の先祖だ。ミスリルで儲けた金をみーんな使っちまいやがって。お陰で島はこの有様だ。その償いの機会と考えろ」  ガッシュの言葉は論理的ではなかったが、強く響いた。ここにいる多くの者がそう感じていることの証左だった。 「ダメだ」  ダンは言い切った。 「くそがっ! 俺は前、お前に言ったよなあ? 次、フォルトゥーナ家が俺に給金を払わなかったら、ダン、お前をぶっ殺すってな」 「ちょっと、ガッシュ!」  セゼがダンの前に出ようとするが、ダンはそれを手で制止した。 「今までの未払い金はあの温泉で勘弁してやる。みんなもそれでいいよな?」  皆が頷く。 「……なあ、ガッシュ。一応聞くが、お前は招福の光湯をどうする気だ?」 「何って。公共の場にする。みんなが入れるようにすんだよ」  独り占めさせない。ガッシュはそう言いたいようだ。だが、ダンも何も招福の光湯を独り占めしたいわけではない。 「じゃあ、温泉の整備をしないとな。着替える場所もないし、男女も分かれていない。そこに至る道も険しく困難だ。道中の魔物の退治は? 誰がやる?」 「そんなのみんなで協力して……」 「できるわけねえだろ脳筋が」 「何だと?」 「現にお前、今俺が言ったこと少しでも頭にあったか?」 「……ンなもん後で考えりゃいいんだよ!」 「そうやってフォルトゥーナ家から力づくで招福の光湯を奪い取るのか?」 「そうだ!」 「じゃあ、この村は今度こそ終わりだな」  ダンの言葉にガッシュは禿げかけた頭を掻いた。 「どうしてそうなる!」 「力で俺達から奪えるってことはな、逆に言えば力で奪われるってことだよ」 「あ?」  ガッシュがダンに凄む。 「温泉の効能はすぐに島外に知れ渡るだろう。当然、本島のお偉いさん方も知るところになる。そんな時、お前みたいのが公共の場だっていって誰彼構わず使わせてたらどうなる?」 「それは……」 「奪われるんだよ。管理も杜撰で今にも奪ってくださいとでもいうかのように宝の山があるんだ。奪われるに決まってんだろ!」  ダンの言葉にガッシュは押し黙った。  代わりに口を開いたのはネリケという男だった。この村の長だ。 「では、フォルトゥーナ家ならその管理ができると? 温泉を守り切れると?」  ネリケの言葉に重みがあった。それは、曲がりなりにも島を守ってきた長の言葉だった。 「できる」  逆に言えば、ネリケさえ取り入れてしまえば、こちらのものだ。ダンは胸を張ってそう答えた。 「いや、無理だな」  だが、ガッシュは認めない。 「ダン。確かにお前の言葉は一理ある。だが、フォルトゥーナ家はミスリル鉱山の運用で下手をこいた。治ったからいいものの崩落事故はフォルトゥーナ家の責任だ。無論、現場監督だった俺にも落ち度はある。だから、フォルトゥーナ家にも俺にも温泉の管理はさせられねえ」 「へえ、じゃあ、誰だったらできるんだよ」 「みんなで管理するんだよ。あれは共同資産だ。温泉を守る組合を立ち上げてそこで管理する。そこのトップは俺でもなければお前らでもない。みんなだ」  頭のいない組織。そんなもの、すぐに瓦解することが目に見えていた。 「ダメだ。そんなんじゃ招福の光湯を守れない」  ダンはきっぱりと否定した。 「だったらよ、ダン。お前、俺に勝ってみせろや」  ガッシュが指の関節をポキポキと言わせ、ダンを見下ろした。 「お前が守れるって言うんなら、当然、俺からも守れるわけだ」  ガッシュはニヤニヤと笑っている。残念ながら、ダンはガッシュに喧嘩の類で一度も勝てたことがない。いつも一方的に殴られて終わるだけだ。 「いいだろう」 「ほお……いい度胸だ」  慌てて止めに入るセゼ。 「ちょっとダン! やめなさいよ! ガッシュも! ちょっと卑怯よ!」  そんなセゼの手をダンは強く握った。 「セゼ……ひとつ頼みがある」 「な、何よ……」  いきなり手を握られて顔を赤らめるセゼ。 「俺はセゼを幸せにしてみせる!」  突然セゼに顔を近付けて訴えかけるダン。 「ふ、ふわああっ?!」  セゼから悲鳴が上がる。 「だから……俺の代わりにガッシュと決闘してくれ!」 「は、はひ……えっ」  セゼの目が点になる。周囲の人間もそうだ。 「自慢じゃないが、俺の腕っぷしではガッシュに勝てないだろう。魔法もろくに使えないし。だが、セゼの剣の腕ならきっと通用する」  セゼは幼い頃から剣技を習ってきていた。それがオルコット家の習わしなのだ。その腕前は騎士団からスカウトがくるくらいだ。 「おいセゼ。この情けない野郎に言ってやれ。お前に使われるのはご免だってな」  ガッシュが呆れたように言った。 「何だ。自信がないのか」  ダンは煽る。 「お前にはもう少しプライドとかないのか」  以前のダンならば売り言葉に買い言葉で殴り合いに発展しただろう。だが、今日のダンは違っていた。温泉発掘前後で人が変わったようだ。 「そんなもん温泉の運営に必要ない。俺は誓う。この温泉を活用してこの島を復興させてみんなを幸せにしてみせるって。その中にはセゼもいるんだ」  セゼはずっと顔を赤くしてもじもじとしていたが、今の発言を聞いて戸惑っている。 「え……私じゃなくて、みんな……?」 「ああ!」  ダンがセゼに笑いかける。 「……」  セゼはそんなダンをジト目で見ていたが、やがてため息をついた。 「いいわ。私はダンに付く。ちょうどちょっとムカつくことがあって誰かを叩きのめしたい気分なの」  セゼの額に青筋が浮かんでいる。 「へえ……女だからって容赦しないぜ。そっちに付いたことを後悔させてやる」  ガッシュはセゼの圧にややたじろぎながらも笑みを崩さない。 「勝負よ!」  セゼがガッシュをビシッと指差す。
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