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1-4.セゼの戦い
オルコット家の運営する若草亭の前の広場にて簡易的な決闘の場が設けられた。
エプロンを取り、身軽になったセゼに対するガッシュ。体格差はかなり大きいし、筋肉量も大きく違う。一見すると華奢そうに見えるセゼに対し、鉱山で鍛えた固い肉体を持つガッシュ。ふたりは木刀を持って向かい合う。
セゼの両親は彼女が決闘することを了承した。稽古ではなかなか対人戦ができないという課題を解決するのにいい機会だと判断したらしい。ふたりは既に見物客に混ざっている。
セゼとガッシュ、ふたりの間に立つダンが口を開く。
「セゼが勝ったら温泉の管理はフォルトゥーナ家で行う。逆にガッシュが勝ったらフォルトゥーナ家は温泉の運営に口出しをしない。それでいいな」
「ああ。いいぜ」
ガッシュは余裕の表情で木刀を片手で持っている。ガッシュが大き過ぎて木刀が小さく見えるくらいだ。
「セゼ、頼んだ」
ダンはセゼに目配せする。
「私を幸せにするっていう約束は何が何でも守ってもらうからね! 言質取ったからね!」
「ああ」
セゼは木刀を両手で構える。
「はじめっ」
ダンの合図でまずセゼが動いた。
セゼの剣技にいわゆる流派と呼ばれるものはない。騎士団であれば型の訓練などがあるが、セゼの腕前は主に父親の特訓と野良の魔物を狩って磨かれたものだ。故に粗削り。
「はあっ!」
だが、その速度と力強さは十五歳という年齢の少女から出される威力を大きく越えている。ガッシュは真正面から叩き込まれた剣戟を木刀で受ける。みしりと木刀が軋み、受け切れなかった力がガッシュの太い腕にかかる。
「ぐっ」
ガッシュはセゼと手合わせしたことはなかったが、彼女の戦う姿は見たことがある。あの細い体躯からこれほどの威力の攻撃が出たことに驚きを隠せない。だが、ガッシュの筋力はセゼの攻撃を撥ね退ける。
攻撃を打ち返され、体勢を崩したセゼのがら空きの胴にガッシュの木刀が向かう。
「貰ったあ!」
だが、セゼはそれを側転で回避する。体勢を崩していたように見えたが、実のところ反撃を予測しており、既に回避行動を取っていたのだ。
大きく空振ったガッシュの攻撃。その隙をセゼは見逃さない。地面を一蹴りし、ガッシュへ肉薄。木刀による刺突。慌てて身をよじるが、その攻撃はガッシュの肩を掠める。
「『ヒート』!」
セゼの攻撃は終わらない。ガッシュの周囲を漂う魔素が急激に励起していく。
「……魔法!」
気付いた時にはもう遅い。魔素が急激に高熱を帯びていく。
「あつっ!」
ガッシュが悲鳴を上げる。見れば、剥き出しの肩から腕にかけてが真っ赤に火傷していた。
「くそっ」
セゼの操る熱魔法『ヒート』は、指定した点の温度を急上昇させる効果を持つ。今は加減しているが、練る魔力の量によっては1000度近くまで温度を上昇させることができ、対象物を発火させることができる。魔法の対象の指定の方法は様々あるが、セゼが今行ったのは、剣で斬り付けた部分を指定することだ。剣で斬らなくても指定は可能だが、精度が落ちるし、指定までに時間がかかる。対象の指定のために、魔術師の多くは杖を用いるが、セゼはそれを剣で代替しているのだ。剣で直接触れた部分を熱する。シンプルで即発動が可能な方法だ。魔法剣士。剣技と魔法の組み合わせで敵を圧倒する。それがセゼの戦い方だ。
ガッシュはセゼと距離を取る。幸いにして火傷したのは利き手と逆だ。木刀を持つのに支障はない。距離を取れば魔法攻撃も受けにくい。
「まだやる? 次は火傷じゃ済まないかもよ」
そう言ってセゼは自身の持つ木刀にヒートで火を点けた。パチパチという音を立てて燃え爆ぜる木刀。叩かれたら大火傷だろう。
「なめるなよ」
ガッシュは歳下に大きな顔をされることが許せなかった。ダンにせよセゼにせよ、年長者を敬うということを知らない。それは、ガッシュよりも歳上なハークやルイズを敬わないという自身の素行を顧みない自分勝手な考えではあったが、そんなことはどうでも良かった。負けられない。なめられてたまるか。怒りがガッシュを支配した。
「魔法なら俺だって使えるんだぜ。『トラクター』!」
ガッシュが顔を真っ赤にして叫んだ瞬間、セゼの身体がふわりと宙に浮いた。
「うわっ」
地に足を着けていないセゼは途端にバランスを崩して座り込んだような姿勢のまま空中に1メートルほど浮かんでいる。
「はあっ、はあっ、どうだ……!」
位置魔法『トラクター』。対象を浮かべることのできる魔法だ。ガッシュはこの魔法を使って採掘物を持ち上げることもあるが、ガッシュの魔力量ではさほど重いものは持ち上げられない。
「ちょ、ちょっと降ろしなさいよ!」
セゼは既に2メートル程まで浮かび、スカートがめくれないように押さえている。
「はっ、情けない姿だな! これでは避けられまい!」
ガッシュは木刀を構えてセゼに向かって駆け出す。空中では身動きが取れないため、ガッシュの攻撃を避けられない。
「ヒート!」
セゼは咄嗟に剣を振り回し、自分の周囲に高熱の壁を作る。いわば自分を守るための高熱の檻だ。ガッシュの木刀がその熱の壁に触れた瞬間燃え上がる。強烈な熱気にたまらずガッシュは身を引いた。
「くそっ。なら地面に叩き付けてやる」
トラクターを解除。支えを失ったセゼの体は2メートルを重力に従って落下する。だが、セゼは猫のようなしなやかな動きで空中で体を回転させると、手足を地面に付けて着地。鋭い眼光がガッシュを射抜いた。
「はあっ」
セゼは地面を手足で蹴って跳躍すると、未だ火がくすぶる木刀をガッシュのみぞおちに叩き付ける。
「ぐあっ」
ガッシュはたまらず膝を付く。直後、彼の首に燃える剣があてがわれた。じりじりと熱くなっていく肌。
「勝負ありね」
圧倒的といわざるを得ないだろう。セゼはガッシュの攻撃を一度も受けることなく勝利した。
「くっ……」
周囲の鉱夫達は呆然とへたり込むガッシュを見ている。
「おおおっ、おめでとうセゼ! やったな! 凄いぞ!」
「ダン!」
ダンがセゼの側に駆け寄ると、彼女は木刀を投げ捨てダンに飛び付いた。まるで、飼い主に向かって飛び付く犬のようだ。
「うふふ、凄いでしょ! 感謝しなさい!」
「おお、ありがとう! これで温泉は俺達のものだ!」
チッ、と唾を吐きながら立ち上がるガッシュ。
「そうだ。ガッシュ、治療にはこれを使え」
ダンは火傷の後をさするガッシュにエリクシールと名付けた温泉水を放る。
「へっ、金でも取る気か。それとも、温泉の所有者の慈悲のつもりか」
ガッシュはそれをキャッチすると苦虫を噛み潰したような顔をした。
「何言ってんだ。フォルトゥーナ家が温泉の正式な所有者になったからには、この島民は無料で自由にいつでも温泉が使えるに決まってんだろ」
「は……?」
ガッシュが今度は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。
「俺がやりたかったのは頭の明確化。誰が温泉の活用の指揮を取るかだ」
ダンは親指で自身を指差す。
「お前、温泉を独占したかったんじゃ……?」
「そんな無駄なことしねえよ。俺はな、ガッシュ。いや、みんな、聞いてくれ」
ダンは今、全員の注目を集めている。
「招福の光湯を使ってこのレストラ島を復興させ、最強の島にしてみせる。そのためにはみんなの協力が必要だ。だからみんな、俺に協力してくれ」
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