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「おはよー!」
『おはよー!』
「ところで君はだれー!?」
『こいびとー!!』
「元気に嘘つくな」
こだまと朝の挨拶を交わして窓を閉めた。エアコンの下で私は半袖シャツのボタンを留める。
机の上に置いてあるカバンに今日の授業で使う教科書を詰めていると中に薄い冊子が見えた。昨日やった模試の問題用紙だ。
夏に入り、共通テスト模試がはじまった。
はじめての模試だったがあんまり手ごたえを感じなかった。自己採点も思っていたより悪い。
マークシートなので勘でなんとかなった部分もあるし、このままじゃ本番はさらに落ちるかもしれない。
「もっと勉強しなきゃ」
フラれた彼と同じクラスにならなくて安心している場合じゃなかった。
このままじゃ第一志望の大学に受からないかもしれない。それは大問題だ。
私は窓ガラス越しに外を見た。
山間の町の奥には背の高い建物がいくつも建っている。それぞれ高さは違えど似たような雰囲気のデザインだ。
八馬玉大学。通称やまだい。
この町に唯一ある国立大学だった。それも結構な名門校で、入学できれば将来職に就くのには苦労しないという。
「ほんとにあんなとこ入れるのかな」
本当に小さな呟きだったのにとてもよく聞こえた。
その暗い声は頭の中で何度も何度も反響して不快な音に変わっていく。
耳を塞いでも、目をつむっても音は跳ね返り続ける。エアコンの音も聞こえない。うるさい闇に全身が沈んで飲み込まれそうになる。
──だめだ。
私は勢いよく立ち上がって窓を開ける。むっとする暑さが部屋になだれこんでくる。
こんなときどうすればいいか、私はもう知っていた。
「私ならできるー!」
『できるー!!』
こだまの言葉を聞いて、大きく深呼吸をする。
私とエアコンの空気を吐き出す音が重なった。
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