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***  おばあちゃんがこの世から去ったのは中学三年生の秋のことだった。  老衰らしい。母の話だと、ある日眠るように亡くなったという。  おばあちゃんが最期まで苦しまなくてよかった。苦しいのは私たち残された人だけで本当によかった。  散々流した涙が乾いたころ、おばあちゃんの住んでいた家の話になった。 「あの家、売りに出そうかと思って」  母が父にそう告げた。  元々あの家はおばあちゃんが一人で住んでいて、私たちは年に数回帰るくらいだった。  市街地からのアクセスも悪いし、そもそも田舎で住みづらい。今の仕事を辞めてまで引っ越すメリットはないというのが母の言い分だ。父もそれに同意した。  それでも私は両親の提案を受け入れられなかった。 「売りに出すなら、私があの家買いたい」  私がそう言うと両親は笑った。おこづかいで買えるようなもんじゃない、と。  そんなのわかってる。でも諦められなかった。  過ごした時間は少なくても、あの家はたくさんの思い出が詰まった場所だ。失くしたくない。 「じゃあいい大学に入って、いい会社に入って、それで返す」 「出世払いってこと?」 「うん」  うなずく私に父は笑ったが、母は笑っていなかった。  真面目な表情でこちらをじっと見つめて、私はその探るような目を見つめ返した。  じゃあ、と母は口を開く。 「あの家の近くに大きい大学があるの。八馬玉大学って言うんだけど」 「あ、聞いたことある」 「あそこに合格しなさい」  想像していなかった話の内容に私は一瞬戸惑ったが、構わず母は言葉を続けた。 「高校生になったらあの家に一人暮らしさせてあげる。三年間ちゃんと一人で生活して八馬玉大学に現役合格できたら、あの家はあんたにあげるわ」 「入学するだけで?」 「ええ。それだけの力があれば将来はなんとかなるでしょ」 「買うんじゃなくて、もらえるの?」 「お金はいらない。あの家一軒であんたが立派な大人になるなら安いもんよ。大学生になったら光熱費とかは自分で払ってもらうけどね」  母はずっと私の目を見つめている。  視線にも口調にも甘さは一切なくて、だからこそ私は母の言葉を信用できた。  八馬玉大学は今の私の偏差値ではどう足掻いても届かないレベルの大学だ。  けれど、あと三年ある。  三年がんばって八馬玉大学に入れれば、おばあちゃんの家を守ることができる。 「わかった。やる」 「約束ね」  私はうなずいて、母は最後まで笑わなかった。
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