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第4話 風凪の眠りに灯る光(3)
「『ライシェン』の未来は、摂政カイウォルと父親のヤンイェン――このふたりの王族の肚に依るところが大きいだろう。そんなすぐに白黒がつく問題じゃない、しばらく様子見になる。だから、俺は、まずはできることから――というわけで、〈スー〉を目覚めさせる」
ルイフォンは、今まで作業をしていた仕事部屋をちらりと見やる。
「母さんが命を賭けた意味を知りたいし、〈冥王〉のことも訊きたい。もし、母さんの願い通りに〈冥王〉を破壊したら、〈神の御子〉の『ライシェン』を始め、誰に――何に、どんな影響があるのか、理解しておきたい」
ルイフォンが未来を見据え、そう告げたとき、唐突にメイシアの瞳から涙がこぼれた。白い頬をなぞるように、緩やかな曲線を描きながら、音もなく光の筋が流れていく。
「メイシア!?」
何故、彼女が泣くのか? わけが分からず、ルイフォンは狼狽する。
しかし、当のメイシアのほうが、彼以上に困惑したような顔をしていた。自分の頬に触れ、濡れた指先を呆然と見つめている。
「あ……、セレイエさんが……セレイエさんの記憶が泣いている……」
細い声が、涙を含んで震えた。
「ああ……、セレイエさんも、キリファさんが命を賭けた意味を知りたがっていたんだ……。なんとなく、自分のせいだと察していたけど、理由が分からなかったから。だから、この涙は、罪の意識……」
メイシアは、さっとハンカチを取り出して涙を拭う。そして、「驚かせてごめんなさい」と、少し無理のある顔で笑った。
「おい、大丈夫か?」
「うん。……ええとね」
彼女は指先を自分の頭に当てる。また、セレイエの記憶をたどっているのだ。
「セレイエさんが『デヴァイン・シンフォニア計画』を作ったのは、キリファさんが亡くなって……、ヤンイェン殿下が先王陛下を殺害し、幽閉されたあと。――セレイエさんが、ひとりきりになってしまってからなんだけど……。でも、それよりもずっと前、ライシェンが殺されてすぐに、セレイエさんはキリファさんに会いに行っていたの」
「え? セレイエが母さんに会いに来た? ――って、俺は、同じ家に住んでいたはずなんだけど、その時期にセレイエが来たなんて知らねぇぞ」
「ううんと……。あ、ルイフォンが出掛けている間に行ったみたい」
思い出すような素振りで、メイシアが言う。まさに『記憶を掘り起こしている』というべきか。
脳に刻まれたセレイエの記憶は、メイシアが知りたいと思わなければ、気づかないものらしい。しかし、いきなり泣き出したりもするので、どうにも仕組みが曖昧だ。
……ルイフォンとしては、セレイエにメイシアを奪われたような気がして、正直なところ不快――腹が立つ。
「セレイエさんは、キリファさんに〈冥王〉について聞きに行ったの。セレイエさんの力で、ライシェンの記憶を集められるかどうか……。でも、キリファさんは、ライシェンの蘇生に猛反対で、喧嘩別れみたいになっちゃったの」
「そりゃまぁ、そうだろ。母さんは〈七つの大罪〉の技術を否定する側だ。蘇生なんて認められないだろ」
「うん……。だけど、そのあと、キリファさんは亡くなって……、セレイエさんは、自分のために違いないと……、それで……」
そう呟いた彼女の顔には血の気がなく、白蝋のようで……。
「おい! 顔色が悪いぞ」
メイシアが、セレイエに同調している――。
本能的な恐怖を覚え、ルイフォンは血相を変えた。椅子を倒しながら席を立ち、彼女へと駆け寄る。
「ルイフォン?」
「もう、セレイエの記憶を見るな!」
『デヴァイン・シンフォニア計画』の詳細を聞いたときに、そう言っておくべきだった。あのときも、メイシアは、セレイエの記憶に心を流されそうになった。
ルイフォンは、彼女を背中から包み込む。黒絹の髪に指を滑らせ、くしゃりと撫でる。
メイシアはセレイエの記憶は悪さをしないと言ったが、他人の記憶、他人の感情が精神に良い影響を与えるわけがない。心に負担が掛かる。何故なら、心優しいメイシアは、どうしたってセレイエを思いやる。それではメイシアの心がもたないのだ。
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