第4話 風凪の眠りに灯る光(4)

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第4話 風凪の眠りに灯る光(4)

 急に叫んだルイフォンに、メイシアは、びくりと体を震わせた。  けれど、ゆっくりと彼を振り返り……、ふわりと笑う。 「心配してくれて、ありがとう」 「え……、あ……、大声を出して……すまん」  落ち着き払った様子のメイシアに、ルイフォンは面目なく尻つぼみに謝る。 「ううん。でも、セレイエさんの記憶は、重要な『情報』なの。彼女の気持ちを思うと辛くなることもあるけれど、こうしてルイフォンが抱きしめてくれるから、大丈夫」  凛とした黒曜石の瞳が、まっすぐに彼を映す。 「メイシア……」  彼女は強くなった。――ルイフォンのために。  ……それでも。 「俺が嫌だから、セレイエの記憶を見るのは禁止だ」 「えっ!?」  ルイフォンの堂々たる我儘に、メイシアは声を失った。  しかし一瞬、彼女を黙らせたところで意味はない。彼女は、(たお)やかなようでいて芯が強く、しかも聡明だ。きちんと説き伏せなければ、納得しないだろう。  癖の強い前髪を乱暴に掻き上げ、ルイフォンは思案する。  そして、はっと閃いた。 「お前に、セレイエの記憶を見ることを禁止する、大義名分があった」  彼は猫の目を得意げに細め、にやりと口角を上げる。 「お前がセレイエの記憶を持っているのは、ホンシュアが〈天使〉の力を使って、お前に記憶を書き込んだから――つまり、〈七つの大罪〉の技術に依るものだ」  「え? ええ、うん……」  メイシアは、戸惑いながらも相槌を打つ。 「〈七つの大罪〉の技術は確かに凄い。けど、頼ったらいけない、禁忌のものだ。――だから、封じるべきだ。勝手に見えちまう分はどうしようもないけど、わざわざ自分から、セレイエの記憶を見ようとしないでくれ」  鋭いテノールに、メイシアの表情が揺れた。ルイフォンの弁は正論と思いつつ、全面的に肯定できないでいるのだ。  ルイフォンは畳み掛けるように続ける。 「セレイエの記憶が、有益な情報であることは承知している。でも、俺たちなら、別の方法で必ず、なんとかできるはずだ」  彼は笑う。  彼女が好きだと言ってくれる、覇気のあふれる顔で。 「俺たちが一番知りたくて、セレイエが一番伝えたかった『デヴァイン・シンフォニア計画(プログラム)』の情報は、既に入手している。それでもう、充分だろ?」 「……っ」  メイシアの顔が曇った。  セレイエが一番伝えたかったのは、メイシアが『最強の〈天使〉』になるために必要な、『〈天使〉の力を使いこなすための知識』ではないのか? ――そんな反論が、彼女の心をよぎったのが見て取れた。  しかし、メイシアは〈天使〉にはならない。  メイシア本人も望んでいなければ、ルイフォンだって猛反対だからだ。故に、セレイエの知識は不要なものだ。メイシアも、それが分かっているから口に出さない。  ならば、もうひと押し。  ルイフォンは、おそらく決定打となるであろう、ひとことを加える。 「それにセレイエだって、他人に根掘り葉掘り、記憶を探られたくはないはずだ。誰しも、秘密にしておきたいことくらいあるはずだからな。――(あば)いたら駄目だろ?」 「!」  黒曜石の瞳が、いっぱいに見開かれた。 「そ、そうよね……、私、セレイエさんに凄く失礼なことをしていた……。恥ずかしい」 「だろ?」  完璧な論理だと、ルイフォンは鼻高々である。  だからつい、口を滑らせた。 「セレイエの記憶の中には、餓鬼のころの俺の姿もあるはずだ。そんなもの、俺も知られたくはな……」 「あぁっ!」  突然、メイシアが華やかな声を上げる。  慎み深い彼女のこと、すぐにうつむいて口元を隠したが、黒曜石の瞳はきらきらと輝き、まろみ帯びた頬はわずかに上気している。遠慮がちでありながら、しかし明白に、うずうずという好奇心の音が聞こえていた。  ルイフォンは、おそるおそる尋ねる。 「ひょっとして、お前、餓鬼のころの俺に興味がある?」 「うん」  控えめに頷きつつも、彼女の頬は薔薇色に染まっている。 「だからと言って、セレイエの記憶を見るのは――」 「ち、違うの! そんな、セレイエさんにも、ルイフォンにも失礼なことはしない! ……ただ純粋に、小さいころのルイフォンを想像して、その……、可愛かっただろうなぁ、って。…………見たいな、って。あ、勿論、見ないの! 私の中に、そんな記憶が刻まれているんだな、ってだけで……」  彼女らしくもなく、支離滅裂である。  ルイフォンは唖然としつつ、こんなメイシアも可愛らしいなと目を細める。すると、何を勘違いしたのか、彼女は、ぼそぼそと弁解するように呟いた。 「だって、私の知らないルイフォンなんだもの……」  ほんの少し()ねたような、甘えたような上目遣い。彼の最愛のメイシアは、それと分かりにくいが、意外と独占欲が強いのだ。  そして、そんなところも愛おしい。  出逢ったばかりのころの彼女からは想像もできない、彼しか知らない蠱惑の顔に、ルイフォンは魅入られる。  だから、彼女の喜ぶ顔を見たくて、彼は尋ねる。 「餓鬼のころの俺の写真、見るか?」  恥ずかしい過去の逸話は封印だが、写真くらいなら構わない。 「見たい!」  期待通り、彼女は嬉しそうに即答してくれた。  そういえば、メイシアは、ルイフォンの女装姿『ルイリン』の写真をとても大切にしているのだった。時々、携帯端末を眺めては、口元をほころばせていることを彼は知っている。  彼女はきっと、『子供のころのルイフォンの写真も欲しい』と言い出すに違いない。……どうせなら、まともな写真も持っていてほしい。 「ああ、そうか」 「え?」  不意に呟いたルイフォンに、メイシアが不思議そうな顔をする。 「俺たち『ふたり』の写真を撮ろう」  よく考えたら、『ふたり』一緒の写真は、菖蒲の庭園での再会のとき、シュアンがハオリュウに送るために撮ったものしかない。  本当に、まだまだ、これからの『ふたり』なのだ。  思い立ったが吉日とばかりに、ルイフォンが携帯端末を取り出すと、メイシアが極上の笑顔を煌めかせた。  これからずっと、何度でも。  寄り添う、ふたりの姿を残していこう。  そうして、共に時を重ねていくのだ――。
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