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駄目か。
そう思った瞬間、テシガワラはライフル銃の引き金を引いた。銃声はしなかった。
山の帝王テシガワラは、躊躇なくライフル銃を捨て去った。どうやらテシガワラの得物は弾切れのようだ。
素手の勝負なら、あるいは僕にも勝算があるかも知れない。いや待て、テシガワラは鋭利な刃物を所持しているはずだ。だがきっと大丈夫だ。少なくとも猟銃を相手に素手で立ち向かうよりは、まだ生存できる可能性が遥かに高い。
僕は足を止めて、山の帝王テシガワラに向き直った。
ライフル銃を捨て去ったテシガワラの手には、拳銃があった。
「くそっ」
僕はテシガワラに背を向け、再び走って走って走り抜いて、草木を掻き分けながら山頂を目指した。麓を目指さなかったのには理由がある。銃で武装したテシガワラより低い場所は、狙撃される可能性が増して危険だからだ。敵方より高い位置を確保し続ける。これは戦闘の基本だ。
背後から銃声。
テシガワラを百五十メートルほど引き離しているから、完全に射程圏外だ。この距離ではまず当たらない。目隠しして針の穴に糸を通そうとするようなものだ。
猫柳ひとみのスマホを拾い上げていたことを思い出した。
画面に触れてみた。当然だがロックされている。しかし緊急通報のためなら問題なく使えるはずだ。
110番。
呼び出し音わずか一回で繋がった。
「警察です。事件ですか、事故ですか」
「助けてください。殺されます。銃を持った男に追われてるんです」
「大丈夫です、落ち着いてください」
「落ち着いていられません」
「大丈夫ですよ、ドッキリですから」
「は?」
足を止めた。身体が硬直してしまって一歩たりとも動けない。足を前に踏み出そうにも、ただそれだけのことが出来ない。
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