山の帝王

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楽屋に戻った。 テーブルに、足ツボ万歳の台本が置いてあった。 台本を手に取って中を確認すると、偽の番組とは思えないほどしっかりと仕上げてある。この辺りの手抜きのなさが、黄金スペシャルの人気の秘密なのだろう。 「ふむふむ」と感心していると、どこかへ行っていたマネージャーがまた戻ってきたから、ふたり揃って楽屋を後にした。 テレビ局の廊下は、なぜか警察署の廊下を思わせる。そう思っているのはこの世で僕だけかも知れないが、この十年間、僕はずっとそう思い続けてきた。 スタジオに入った。 共演者らしい女性アイドルと、そのマネージャーと顔を合わせた。どちらも初めて見かける顔だ。 「おはようございます。サトウです。よろしくお願いします」 「…………」 挨拶なしかよ! っていうかおまえ、楽屋挨拶にさえ来てないよな。 悪態が、思わず口をついて出そうになった。 「猫柳ひとみです」 アイドルのマネージャーが、僕の共演者を紹介した。 かつて見たことも聞いたこともない女性アイドル猫柳ひとみがTシャツとブルマに身を包み、さほど可愛くもない仏頂面をぶら下げてぼんやり突っ立っている。 僕はぜんぜん偉くない芸人だから、楽屋に新人アイドルが挨拶に訪れなくてもぜんぜん気にしない、と言いたいところだが、こう見えて僕は芸歴が十五年を越えているのだから、やはり新人アイドルごときが楽屋挨拶を完全スルーして知らん顔というのはおかしい。 いや待てよ、さてはこの新人アイドルの挨拶スルーもまた、ドッキリの一環なのかも知れない。 などと、ぐずぐず考えながらもやもやしているうちに、さっそく収録開始となった。
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