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「あの、そちらは、警察ですよね」
馬鹿な質問だが、そう訊かずにはいられなかった。
「…………」
長い沈黙の後、電話の相手――僕にとってこの人物はもはや警察官ですらない――は喉を鳴らしながら必死に堪えていた笑いをこれ以上はもう堪えきれぬとばかり、まるでダムが決壊したかのような大音声で高笑いし始めたのだった。
「むははははははは」
常軌を逸した馬鹿笑い。鼓膜をやられたようだ。キーンと耳鳴りがする。
「わははははははは」
この世の終わりというものを思い知らされたような、そんな絶望感に打ちのめされながら、スマホを握る手をおろした。スマホはまだ笑っている。スマホが手をすり抜けて落ちて、草むらの中に消えた。
振り向いてみると、日露戦争当時の陸軍大将の軍服に身を固めた山の帝王テシガワラが、いつの間にか十メートルの距離にまで迫っていた。完全に射程圏内だ。
僕は、何がなんだかさっぱりわからないまま、一度しかない人生の永遠の終わりを覚悟したのだった。
目覚めたとき、時刻は午前二時だった。
また同じ夢を見た。足ツボ整体師と猫柳ひとみとドッキリ企画用の偽番組で共演、それから場面が一転、山奥を逃げ回る夢。僕を殺そうと追いかけるあの男、山の帝王テシガワラ――実を言えば、そんな人物は存在しない。
それでもテシガワラは僕の夢に必ず現れるのだ。そして僕を殺すべく、山の帝王テシガワラは執拗に追いかけてくるのだ。
僕は罰を受けている。
山を支配する神が人の姿を借りて降臨。それが山の帝王テシガワラなのだ。
十年前。
番組のドッキリ企画でそこそこの人気を得ていた僕は、新人アイドル猫柳ひとみと密かに交際していた。しかし楽しい時間はそう長くは続かなかった。
僕は、猫柳ひとみを、激情に駈られて殺害したのだ。彼女を寝盗った整体師の男も殺した。それを知って恐喝してきた撮影スタッフをも殺した。
あの山に三人の遺体を埋めた。
山を汚した。僕は山を汚したのだ。
山の神テシガワラは決して僕を許さないだろう。僕は、死刑が執行されるそのときまで、山の神テシガワラに追われ続けるのだ。誰も見ない誰も知らない虚ろなドッキリ番組の中で追われ続けるのだ。永遠に。
(了)
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