山の帝王

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黄金スペシャル――人気のバラエティー番組だ。まったく売れていない無名のお笑い芸人が、黄金スペシャルのドッキリ企画で注目を浴びて大ブレイク。一躍して人気者に。駆け出しの若手お笑い芸人にって、黄金スペシャルはまさに神のようにありがたい番組だ。みんなこの番組で騙されることを本気で心の底から願っている。 もっとも僕なんかは、この番組のドッキリ企画で世間に名前を知られるようになってから、すでに十年ほどが過ぎている。今の僕は視聴者から飽きられつつあるし、それに僕自身、騙されることがすっかり日常生活の一部となってしまった。もはや日課といっても言い過ぎではない。実際のところ、騙され役はもう懲り懲りだし、やらずに済むものなら二度とやりたくない。ドッキリ企画で謎の暴力団から殺害されそうになったこともあるし、悪霊に取りつかれたこともある。まあ、すべてが筋書きに沿った嘘なわけだが、だからこそ、この手の仕事は決して簡単ではない。神経の消耗との戦いだ。 そもそもからして、ドッキリ企画の収録スケジュールが予定表に記載されていること自体がおかしいのだが、僕はもうそんな細かなことには何もこだわらない。実際のところ多忙がすぎて、僕は疲れがたまっていた。近頃の僕は思考力を失っている。 マネージャーから受け取ったばかりの最新版のスケジュール表を開いた。マネージャーの言葉に間違いがないことを確認した。 きょうの正午から明日正午まで、二十四時間に渡ってスケジュールが押さえられている。さすがに詳細なドッキリの内容は事前には知らされない。 腕時計に視線を走らせた。文字盤が告げている。正午まであと一分あまり。ドッキリ開始タイムまでもう間がない。早めにトイレを済ませておいたほうがいいだろう。あるいはもう手遅れかも知れないが。 トイレで不意打ち的なドッキリを仕掛けられるのはメンタル的に相当きついものだ。芸人としておいしいにはおいしいのだが。
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