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山の夜は早い。
辺りはもうすでに紫色。一段と深い夕闇に包まれている。
木々の間をすり抜けながら、左腕の時計に視線を……。
駄目だ。文字盤が割れている。僕は時刻を知る術を失ったのだ。どうやら銃弾が腕時計を掠めたらしい。左腕をもぎ取られなかったのは、まさに奇跡だ。僕は案外と幸運なのかも知れない。
前方に蹲る人影を見つけた。撮影スタッフだ。
「おーい、ドッキリの収録中止だ。テシガワラがおかしくなった。110番だ110番」
スタッフは僕に背中を向けて蹲ったきり身動きひとつしない。
「おい、どうした。銃声聞いたろ。本物のライフルを撃ちまくってる。このままだとみんな殺されるぞ」
スタッフの肩に手をかけ、ぐいとこちらに引いて強引に振り向かせた。
「うわっ」
死んでいる。喉元をサバイバルナイフか何かの鋭い刃物で真一文字に切り裂かれている。脈拍を調べるまでもない。もう息はない。
よくみると、この撮影スタッフを中心として半径十メートル以内に足ツボ整体師と新人アイドル猫柳ひとみの遺体が転がっていた。ふたりもまた、やはり喉を切り裂かれて死んでいた。山の帝王を自称する先輩芸人テシガワラの仕業に違いなかった。
猫柳ひとみの足下にスマホが転がっていた。それを拾い上げた。
「サトウ、待て」
背後、三十メートルの辺りにまで、殺人鬼テシガワラの影が迫っていた。
テシガワラが、狩猟用のライフル銃を構えた。照準線はすっかり僕の身体の真ん中辺りに重なっている。
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