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テーブルと母さん
どこで拾ってきたの。捨ててきなさい。
母さんはそう詰った。
予備校近くの草地で拾ってきたテーブルが、私と母さんの間で死んだ目線を落としていた。
そのテーブルと出会ったのはつい三十分前のことだった。
四方をビルに囲まれた都会の狭間にあった、あの嘘みたいな緑の生い茂る空き地を思い出す。
地元で一番の繁華街でも中心地から一本入れば、人の都合と都合が衝突したあげく誰も介入できないまま放置された無垢な土地が生き残っている。
そんな人の手が入らなくなり雑草で覆われた広場に、そのテーブルは打ち捨てられ、一台きりで気高く立っていた。
毎日通っている道筋なのにそこに草地があることさえ認識していなかった私は、野性味に欠ける均質な黄土色のテーブルが、自然の無秩序の中で一定の場所を占めている様子に目を引かれた。
すぐにテーブルと目が合った。その瞬間、「それ何時、何分何秒、地球が何回まわったとき」と口ずさむ低学年の子供が数人、後ろを通り抜けた。
金曜だが昼下校の日なのだろうか。振り返ると、晩春なのに子供はみな早くも半袖姿で、脇の縫い合わせ部分に汗染みを作っている。
冷房に備えて着てきた長袖シャツの内側に、湿気が増した気がした。
昼下がりのはしゃぎ声は、自分も数年前にはその場所にいたことと、現在、社会制度上は無職の身の上を同時に意識に上らせた。
テーブルの木目に目を戻す。軽くテーブルを浮かせ脚を押すと、折り畳める造りになっていることに気付いた。驚いたことに天板の陰には、スライドして取り出せる椅子まで組み込まれている。
人一人が座って飲食や作業するのに困らないだけの機能を、一台で自己完結していた。
物言わぬテーブル相手に、自立した強さを感じた瞬間だった。
地球が何兆回まわろうとも、こいつはここで生きていたに違いない。これならば、と直観的に思う。周囲に惑わされず、自前の空間を守り抜いてくれるのではないか。
私はきっと、こういう存在を求めていた。
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