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すっかり身だしなみを整えた隼人を背に、ドレッサーの鏡を見る。
今も形を気にする眉に、何となく指で触れる。恥ずかしくもあったから、前を向いたまま。
「ところで、竹内と話してたあれ、どうしても勤めたい会社っていうのは?」
就職活動の参考にしたいと言う彼に、私は面映ゆくなりながらも正直に答えた。
「△△商事っていう、輸入品を扱ってる会社なの。英語の資格が要るから、それをクリアしてからじゃないと、書類も通らなくて」
だから今は懸命に英語の勉強中だと、つい熱心に語ってしまった。
だから、見えなかった。
「そんなに難しくない会社だと思うけどな。それで浪人してたのか」
眉をなぞる指を、反射的に止めた。
淡々として、感情のこもらない声だった。隼人には、何気ない感想だったのだろう。
「俺はさ、明日から海外を回るんだ」
「……海外」
私の声も、感情がこもっていない。関心のない話題には、お互い低温になる。
「俺が目標にする企業は難関でね。いろんなことを経験したほうが、好材料になるんだ。面接や試験の対策を、今から練ってるわけさ」
鏡に映る彼を、初めて見た。
彼は私を見ていない。
彼は彼自身に注目している。自分が人の目にどう映るのか、そこに関心があるのだと気づいた。
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