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「城山さんの奥さんと、さっきスーパーでばったり会ったんだけど、逃げるようにさーっとレジに入っちゃって。何だかやつれちゃってね、気の毒になったわ」
「エリートで通してきた自慢の息子が、いきなり会社辞めて帰って来たんだからねえ、無理もない。そらあ相当な何かがあったんだわ」
祖母と母が午後のお茶を飲みながらお喋りをしている。今日のお菓子は豆大福と、城山さんちの噂話。
春浅い三月の庭はまだ花も寂しく、冬の名残を留めている。というよりも、本当に今日は気温が低く、冬のように空気が冷たい。
暖房の効いた居間は暖かいけれど、早々にヒーターを片付けてしまった自室に戻った私は、ぶるると震える。
「さむいなあ」
冬用のコートを羽織り、社会人になった今でも使っている学習机に座ると、小学生の頃みたいに足をぶらぶらさせた。
窓のカーテンを開き、曇った空に彼を映す。
城山隼人。
生まれた時からご近所だった。私の家から五軒先のお屋敷に住む、お金持ちの三男坊。年の離れたお兄さん二人は、父親の会社で働いているそうだ。
隼人だけは異業種の外資系企業に就職した。
4年前の春に。
4年の間に、何があったのだろう。
私達は今年、27歳になる。もう若くない? ううん、充分に若いよ。
若いんだもの、いろいろあるよね。
――『いろいろあるよな。千尋がいくら、呑気者でも』
――『そうだよ。呑気に就職浪人してる私でも』
あの夜のあなたを、忘れたことはない。
悩みも憂いも感じさせない、屈託のない笑顔を。
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