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5
バーを出た後、ホテルの客室へと誘われた。
エレベーターを降りて、ドアが並ぶ廊下を行く合間も、隼人は私を抱えるようにして歩いた。逃げられないよう、押さえている――そんな必死さが、彼の腕から伝わってきた。
(どうして?)
今夜再会するまで、なにもなかった二人なのに。
そんなそぶりすらも見せなかったあなたなのに、どうして誘うの。何を考えているの?
部屋に入り、焦ったように服を脱がす彼のぎこちない手つきに逆らいもせず、心で訊く。だけど、自分自身にも訊いていた。
バーで私は、甘いカクテルをすすめられるままに飲み、酔うと分かっているのに、蕩けるような美味しさに溺れた。
女を酔わせて、口説く。
そんな人に抱かれるというの?
こんな行為は、恋人と呼べる人とすべきなのに、それでいいの?
私をベッドに横たわらせて、隼人が語る。
幼い頃からこれまで、さしたる努力もせずトップを走ってきたわけじゃない。俺なりに工夫して、頑張って、優秀な兄二人に負けないよう自分を作ってきたのだ、と。
「金甌無欠って、知ってるか」
「きん……おう?」
「金甌無欠。完全なこと。傷ひとつない金の甌という意味の言葉だ」
「傷ひとつない……」
「そう。もう少しで、完成するんだ」
(よく、わからない……)
急に酔いが回ってきた。
すぐにも眠りに落ちそうなまどろみの中、恋人ではないけれど、ずっと前から好きで、今でもその気持ちが消えていない相手の顔を見守る。
かわいかった男の子は、男らしく逞しい青年に成長したのだ。どこにも翳りがないのは変わらない。
まさに、金の輝き。
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