ヤマモト教授の小さな趣味

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 それから三ヶ月後の今、教授は警察署の牢の中にいる。 「なぜこんなことにーー?」  教授は鉄格子のはまった小さな窓から青い空を見上げながらそうつぶやくと、頭をかきむしる。髪は何日か洗っていないので、少しベタついていた。  ハラさんが教授の自宅にやってきたのは、ミニチュアを懸命に並べていた日から一週間ほどたった休日だった。教授は自宅のマンションの部屋を案内し、そして例のミニチュア部屋を見せた。  最初はハラさんは目を輝かせてミニチュアの町を見ていた。だから教授はどうやってそのミニチュアを入手したのか事細かに説明した。話に夢中の教授は気づかなかったが、そのときハラさんの顔はみるみる青ざめていき、やがて急に「用事を思い出したので、帰ります」と慌てて帰っていった。  教授は残念に思ったが、それ以上深くは考えなかった。用事なら仕方がない、またミニチュアを見せてじっくり話せる日がくるだろうーーと。警察が教授を逮捕したのは、それから一週間後だった。 「お前は宇宙刑法第三条違反容疑で逮捕された。理由がわかるか?」  刑事の取り調べに電子手錠をはめられた教授はため息をついて首を振る。 「宇宙刑法第三条は知っているな。先だって惑星間で締結された相互不可侵条約がベースになっている。ニュースを見ていないのか」 「見ていませんね。世間の下らない話なんて聞いても無駄ですから」  ボソボソ答えた教授に、今度は刑事がため息をついた。 「宇宙刑法第三条はこう定めている。『何人も他惑星から人的、物的資源を奪ってはならない』ーーつまり、他の惑星からは何も盗るな、ということだ」 「それが?」  古びたデスクに肘をついて、刑事は教授に向けて身を乗り出した。 「お前のミニチュア、他の惑星からぶん取ってきたものだろう? 天の川銀河の第三惑星の地球から」  答えない教授に対して、だみ声の刑事は続ける。 「地球って星は、俺達の星とよく似ている。そこに住んでいる人も動物も、環境も、生活や文化ですらよく似ているんだろう?」  ヤマモト教授は無表情で相手の刑事を見つめた。そんなこと言われなくても教授はよく知っていた。幼い頃から憧れた『よく似た惑星』、その星を見つけたくて試行錯誤を続けた日々。だが、初めて訪れたとき、この星と非常によく似ているその地球には、ただひとつだけ違う点があった。  地球が、ヤマモト教授の住む惑星の一〇〇分の一のサイズしかない、小さな星だったことだ。  地球の人たちは、初めて宇宙から降り立ったヤマモト教授に怯え、逃げ惑った。自分たちの百倍も大きい巨人が突然現れたのだから、当然の反応だ。  その様子を見たヤマモト教授はまるでおもちゃのような都市を見下ろしてニンマリと笑った。ああ、ここでは自分をバカにする存在などいやしない、誰もが恐れ、言うことを聞く、まるで私が神のようじゃないか、と。  ふと教授は足元にあった青い屋根の家を持ち上げた。いとも簡単に地面から剥がれたその家は、教授にとってはミニチュアにしか見えなかった。それに気づいてから教授は周囲の建造物を次々と手にした。学校、市役所、展望台、鉄橋、一軒家も。地球の人々にとっては高層建築物であっても、身長一七〇メートルの教授にとっては、手のひらに乗るほど小さく、精巧な品だった。  教授は地球の建築物を大量に持ち帰り、自宅のあのミニチュア専用部屋に並べた。建物の中に偶然いた地球人はその部屋に閉じ込められることになった。  教授はその地球人たちに気まぐれに食糧を与えていたが、彼らは教授が作る町の住人として日々息を殺してひっそりと生きることになった。というのも、教授に見つかると思いつきで体を無理に捻じ曲げられ、ひどい怪我を負ったり、時には命を落とすからだ。例えば住宅の屋根を修理するポーズを無理に取らされたりして。  教授の〈ミニチュア〉収集は一度だけでは終わらない。大学が長期休みに入るたびに密かに地球に行き、好きな建築物を集めていた。地球人にとっては宇宙から来た巨人の襲来だ。だから教授はたまに戦車や戦闘機に襲われた。だが教授にとっては蚊に刺されるようなもので、怪我一つ負わない。  自分の物になった美しい完璧なミニチュアの町ーー。だから教授はハラさんに自分のコレクションを見せた。小さなドールハウスの世界を愛する彼女に、自分の自慢のコレクションを。  刑事が口を開く。 「お前のミニチュアの町を見て、善意の市民が通報したんだ。他の惑星の人々が家ごとさらわれてきているってな」  善意の市民とはもちろんハラさんのことだ。  刑事にそう言われても、教授は腑に落ちなかった。私は趣味のミニチュア収集をしただけなのに、なぜ、と。  腑に落ちないまま裁判を受け、実刑判決が下り、監獄衛星に収監されても、腑に落ちないままだった。  しかしそのヤマモト教授も、今は少しは自分の罪を理解している。その監獄衛星には各惑星の特に重罪を犯した囚人が収監され、刑の執行を待っている。看守は、教授が見上げても顔が見えないほどの巨人。遠くの惑星の人々だという。  いつ巨人たちが執行するかわからない死刑に怯えながら、教授は今日も決して逃げることのできない監獄で過ごしている。  かつて自分が趣味で作り上げたミニチュアの町に囚えていた地球人たちと同じように、今は教授が巨人たちに囚えられ、見下されているのだ。
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