ヤマモト教授の小さな趣味

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 ヤマモト教授は人生で初めて恋をした。  相手は教授が勤務する大学で三ヶ月前から事務員として働くハラさんという女性で、黒く長いつややかな髪と切れ長の目が特徴的な美人だ。誰に対しても笑顔で接する。もちろんヤマモト教授にも。  教授は宇宙分野の若手研究者で、次々と新しい研究成果を発表する天才だ。しかし最近は周りの期待やベテランの教授や研究者たちとの軋轢で疲弊していた。  教授は子供の頃に本で読んだ、ある惑星の発見を研究テーマにしていた。その惑星は住んでいる人や動物、自然環境や生活文化に至るまで、何もかもが教授の星と似通っているらしい。だが、他の研究者たちはそんなものありはしないと笑って嫌味を言ってくる。  研究は上手く行っているが、やっかんでくる人たちの相手は疲れてしまうーー。  そういうとき、ヤマモト教授は自宅の一室でミニチュアの町を見下ろし、にっこりと微笑む。普段『宇宙』という広大なものを研究しているせいか、教授は小さいものが好きだった。  その部屋は趣味で集めたミニチュア専用で、今は半年前に教授が入手したおよそ一〇〇分の一サイズの精巧な建築物が所狭しと並んでいる。それも驚くほどヤマモト教授が住む都市と似ていて、教授は本当に自分が住んでいる町が縮んで今目の前に広がっているのではないかと錯覚するほどだった。  石造りの議事堂、赤い三角錐のような展望台、陸と人工島をつなぐ鉄橋、大きな提灯が門前にぶら下がった寺、ビルや住宅ーー。それらのミニチュアは、一つ一つが目を瞠るほど細かに作り込まれている。 「ああ、なんて美しくて完璧な作りなのだろう」  ヤマモト教授は子供の頃からミニチュアを愛している。昔から勉強はよくできるが、それ以外はからきしだった。かけっこはビリだったし、流行りのアニメにもおもちゃにも興味がなく、よくいじめられた。  何より苦痛だったのは、小学校の健康診断だ。 『ヤマモト君、えーと、身長は一二〇。体重はーー』  校医が順番に並んだ子供たちの身長を順々に身長計で測り数字を読み上げると、教授はクラスの子たちの笑い者だった。子供時代の教授は常に平均よりかなり低かったからだ。 『ヤマモトはチビのくせに、頭でっかちだ』  その頃から教授はミニチュアを愛していた。プラスチックの小さな家や人形を並べて眺めると無償に心が安らいだ。ミニチュアはチビの自分よりもずっと小さいからだ。それ以来悲しいことや辛いことがあれば、教授はミニチュアの建物を飽きることなく並べ、見下ろしていた。三十歳になった今でも。  研究は順調、家に帰れば愛するミニチュアたちが待っているーー、これほど美しく完璧な人生が他にあるだろうか。  確かに教授はそう思っていた。ハラさんと出会うまでは。
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