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七番首
しくじった。
しくじった……。
しくじった――!
忸怩たる思いを掻きむしるように、男の四肢は土を掻いた。ぼうぼうに伸びた雑草を掻き分け、獣になりすまして森の奥深くへと逃げ込む。
揺すられた草の陰で、秋の夜長を競って唄っていた虫たちのさざめきもぴたりと止んだ。今はただ、がさがさと草の鳴く音が宵闇を震わせる。
道なき道を這いつくばって進む彼の軌跡は、臍の上を一文字に裂いた刀傷から流れる血で真紅に染まった。喉を通う細い息は金臭く、胃の腑からせり上がる嘔気にじりじりと気道を灼き焦がされる。反して、体の熱は急速に失われつつあった。
こめかみを滴る汗が、氷雨を受けたかのように冷たい――。
その冷たさが纏わりついて、彼の体は泥濘に沈むように重たくなり、それ以上先へ進むことが難しくなった。
荒ぶる獣の気配が静まるのを感じてか、一旦は息を潜めた虫たちが再び声を揃えて唄い始めた。
りんりんと響く鈴の音が、男の耳に亡き者の声を吹き入れる。
『諦めるな……』
『……斬れ』
『取り……返せ』
草の間から首のない屍が這って現れ、男の脚を絡め取った――ように、彼は錯覚した。
もう草は騒いでいない。虫たちが、しきりに唄い続けているだけだ。しかし彼には、次から次へと亡者が追い縋ってくる幻が見える。
「うっ……ああぁぁぁ!!」
最後に残された息をすべて使い切って、彼――ツェヴェルの意識は闇夜に飲まれた。
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