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あるところに、理由は自分でも分からないけれどふこふこと動けて言葉を話せる白いとりのぬいぐるみと、同じくどうしてかは分からないけれどふこふこと動けて話せる三毛猫のぬいぐるみがいました。
ふたりは居候しているお宅の窓からぼんやりと空を眺めていました。
夏が終わって、外は気持ちのいい秋晴れです。
インドア派のふっこりとしたぬいぐるみも、こんな天気の日にはなんだかそわそわしてきます。
とりさんが、思いついたように言いました。
「ねこくん、こんないい天気の日はちょっと冒険に出てみようじゃないか」
「いいですねえ、とりさん」
ねこくんはすぐに同意しました。
「ぼくもちょうど冒険に行きたいと思ってたところだったんですよ」
「ふふふ。それは奇遇だったね」
夏の間はものすごい暑さで、化学繊維製のふたつのけものも、身の危険を感じてなるべく涼しいところでふころんと寝転がっていたのですが、いつの間にやらすっかり活動しやすい気候になっていました。
とりさんは自分の手羽で、ベランダに通じるガラス窓をからからと開けました。
「とはいっても、ねこくん」
そう言いながら、ふっこりとねこくんを振り返ります。
「ぼくらみたいなかわいいぬいぐるみが街なかをふこふこと歩いていたら、何も知らない人間たちはびっくり仰天、周章狼狽右往左往五体投地してしまうかもしれないからね。目立たないようにしないといけないよ」
「さすがとりさん」
ねこくんは腕をぴこぴこと振り回して感心します。
「で、どうやって行くの?」
「まあ慌てずそこで待っていたまえ」
とりさんはよっこいしょ、とか言いながらベランダの手すりに乗っかると、そこでふこりと動きを止めました。
そうしていると、ただのぬいぐるみにしか見えません。
ねこくんは待っていろと言われたので、くるくる回って遊んでいます。
しばらくすると、どこからかぱたぱたと鳩が飛んできました。
「あ、はとだ」
ねこくんが言いました。とりさんはふこりと顔を上げると、鳩に声を掛けます。
「くるっくー、くるる」
それに答えるように、鳩が、ぽ、ぽ、ぽ、と鳴きました。
「くるっく、くぽぽぽぽ」
とりさんが言うと、鳩はとりの隣に降りてきました。それから、背中をさっと下げました。
「ねこくん、乗せてくれるそうだ」
とりさんはねこくんを手招きします。
「行こう」
「わーい」
とりさんとねこくんは鳩の背中に乗りました。鳩は羽を広げて飛び立ちます。
「おー」
「飛んでるよ、とりさん」
「ねこくんはねこだから、飛ぶのは初めてだろう」
とりさんはちょっと得意そうに言いました。
「ぼくはとりだから、何度かこうやって飛んだことがあるんだよ」
「さすがとりさん!」
とりなのに自分で飛ばないのか、というもっともな疑問は、素直な性格のねこくんには特に浮かびませんでした。
鳩の背中から街を見下ろして、ふたりはしばし空の旅を楽しみました。
「雲が近いね、とりさん」
「ああ。そのかわり地面は遠いな」
「ほんとだ、遠い!」
しばらくそうやって飛んだ後。
「あ、あそこにいい感じのカフェがあるぞ」
とりさんが、ふこりと下を指差します。そこにはおしゃれなテラス席のカフェがありました。
「あそこで休んでいこう」
「いこういこう」
深く考えることのないねこくんはすぐに同意しました。
「くるっく、くるるるる」
とりさんが鳩にお願いすると、鳩はすぐに降下しました。
ふたり合わせて126グラムのぬいぐるみをカフェのテラス席にぽこりと下ろすと、鳩はまたぱたぱたと空へ舞い上がりました。
「ありがとー」
「ありがとう、はとさーん」
ふたりは飛び去っていく鳩にふこふこと手を振りました。
「さて、と」
ふたりはテラス席の空いているテーブルによじ登ると、そこで日向ぼっこを始めました。
秋の日差しは夏ほどきつくなくて、気持ちのいい風も吹いてくるので、ふたりは「最高だね」「最高ですね」と言い合いました。
それからお客さんが何組か来ましたが、テーブルにふっこりと置かれたぬいぐるみを見て、誰かが席取りをしているんだろうと思ったようで、誰もふたりの席には近付いて来ませんでした。
「あのぬいぐるみ、かわいいね」
「日向ぼっこしてるみたい」
そんな風に言われると、ふたりの身体の中にふこふこと力が溜まってきました。
「かわいいって言われたぞ。かわいいポイントがたまっていくな、ねこくん」
「けっこうたまりましたね」
ふたりは満足そうにふこふこと囁き合いました。
かわいいポイントというのは、ふたりが誰かにかわいいと言われたときに貯まるポイントのことで、たくさん集めると記念品と交換することができます。
けれど、ランチタイムになってだんだんとお店が混んでくると、いつまでものんびりテーブルを占領していられなくなりました。
「この席空いてるわよ。これ、誰かの忘れ物じゃないの」
テラス席にやってきたマダムのグループがふたりを摘まみ上げました。
「むぎょ」
「むぎゅ」
ふたりの声に気付かず、マダムたちはふたりをぽこりと隅の手すりに置くと、テーブルに座ってお喋りを始めました。
「どうやら混んできたようだね、ねこくん」
「そうみたいですね、とりさん」
ふたりはふこふこと話し合いました。
「そろそろお暇するとしようか」
そのとき、ちょうど手すりの下を一匹のぶち猫が通りかかりました。
「にゃっ」
ねこくんがぴこりと手を上げて猫を呼び止めます。
「にゃ?」
怪訝そうなぶち猫に、ねこくんはふこふこと腕を振りながら話します。
「にゃにゃにゃにゃー、にゃんにゃにゃにゃ」
「にゃにゃにゃ? なーおなーお」
ぶち猫は手すりの下で背中を丸めました。
「とりさん、乗っていいって。途中まで乗せてくれるって」
「さすがだね、ねこくん」
ふたりはぽこりと飛び降りて、猫の背中に乗りました。
ぶち猫はそのまますたすたと歩き出します。
ちょうどそこに店員さんが来たので、マダムのグループが声を掛けました。
「店員さん、誰かの忘れ物のぬいぐるみがあそこの手すりにあるのよ」
マダムは手すりを指差しました。
「はい、ええと」
店員さんは少し困った顔をしました。
「忘れ物、ですか。どれでしょうか」
「あら?」
間抜けな顔をしたふたつのぬいぐるみは、もうそこにいませんでした。
「どこかに自分で歩いて行っちゃったのかしら」
別のマダムがそう言うと、マダムたちのグループはどっと笑いました。
「やだ、タナカさんったら」
「ぬいぐるみが勝手に歩き回るなんておかしいわ、うふふふふ」
賑やかなカフェのテラス席を後に、ぶち猫はふたりのぬいぐるみを乗せてすたすたと歩きました。
「猫はなめらかに歩くねえ」
とりさんが言いました。
「これはこれで気持ちのいいものだね、ねこくん」
「そうでしょう、そうでしょう」
ねこくんはとりさんに褒められて、嬉しそうにうふふふふ、と笑いました。
しばらく歩いたところで、ぶち猫がぴたりと足を止めました。
あまり車通りの多くない裏路地です。
「なーご、なーご」
「にゃにゃにゃにゃ、にゃーん?」
「なーお」
「ふにゃー」
「ねこくん、彼は何と言ってるんだい」
「ここから先は別の猫の縄張りだから、これ以上は行けないって」
「あー、なるほど」
とりさんはふこりと猫の背中から下りました。
「じゃあ、ここで下りよう。ぶち猫さんありがとう」
「ありがとー」
ねこくんも飛び降りて、ふたりはふこふこと手を振りました。
ぶち猫は、にゃーと一声鳴いて去っていきました。
「さて、どうしようか」
歩道の脇にふたりで並んでいると、急にがしっと掴み上げられました。
「わあ」
「きゃあ」
それは、三歳くらいの女の子でした。
「ママー」
女の子はふたりをぶんぶんと振りまわしました。
「とりさんとねこさん」
女の子の後ろからベビーカーを押してきたお母さんは、ぬいぐるみを見て嫌な顔をしました。
「ばっちいから、落ちてる物を拾っちゃいけません」
「はーい」
女の子がぽいっと投げだしたので、とりさんとねこくんは地面にころんと転がりました。
「こらー」
「なげちゃだめー!」
とりさんとねこくんはぷんぷん抗議しましたが、お母さんは女の子の手を引いて、さっさと行ってしまいます。
女の子はまだ気になるようで、ふたりをちらちらと振り返りました。
「ねえ、ママ。とりさんとねこさんが怒ってるよ」
「落ちてる物を何でも拾っちゃだめよ、バイキンがいーっぱい付いてるんだから。帰ったらちゃんと手を洗うのよ」
「はーい」
女の子は素直に返事します。
「誰がバイキンだー!」
「失礼なー!」
とりさんとねこくんはふこふこと腕を振り上げて文句を言いましたが、二人はそのまま行ってしまいました。
女の子が最後に手を振ってきたので、とりさんとねこくんはぷんぷんしながらも律儀に手を振り返しました。
鳩や猫に乗ったりしているので、バイキンが付いているというお母さんの言葉は正しい気もしますが、ふたりは「まったく、こんなにかわいいのに」「ほんとだよ」とかなんとかぶつぶつと文句を言いました。
そのとき、びゅう、と強い風が吹きました。
その冷たさに、とりさんはふこりと身体を震わせました。いつの間にか空はオレンジ色に変わっていて、夕日が街を照らしています。
「やっぱりもう秋だな。夕方になると風が冷たい。早く帰ろう」
「そうしよう」
ふたりは道路の端をふこふこと歩きました。
「家はこっちの方向で合ってるはずなんだよなあ」
とりさんは、近くのフェンスの上に止まっているカラスに道を尋ねました。
「かあかあかあ」
「かあ」
鋭いくちばしのカラスは一声だけ鳴きました。
「こっちだそうだ」
とりさんはまたふこふこと歩きます。
ねこくんも一生懸命それに続きました。
とりとねこのぬいぐるみが歩いているのは奇妙な光景でしたが、夕暮れの薄暗い街ではみんな忙しそうで、誰にも気にされませんでした。
ふたりは大人たちの足の間をふこふこと歩きました。
やがて家に帰りつくと、ふたりは玄関の前に置かれた郵便受けの中にぎゅうぎゅうともぐりこみました。
「やれやれ。大冒険だったね、ねこくん」
「大冒険でしたね、とりさん」
ふたりは郵便受けの中で顔を見合わせて、うふふふふ、と笑いました。
それから少しして、学校から帰ってきたその家の娘さんが郵便受けの中を見て、
「あー! とりとねこがまたこんなところに入ってる! さてはどこかに行ってきたなー!」
と叫ぶのでした。
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