ポテトサラダ

1/1
前へ
/1ページ
次へ

ポテトサラダ

借りてる市民農園は、うちの割り当てのその半分がジャガイモ畑で、お隣の区画の奥さんからは思いっきり笑われた。 でも、好きだから、ジャガイモ。 梅雨時に収穫したジャガイモは家族三人で少しずつ食べ、でもまだ結構ある。 今日は10月31日。 芽が出てお化けのようになったジャガイモを、10個ばかり台所の床下の貯蔵庫から出すと、私はその芽をぽきぽきと折っていった。 さてとやりますか。 今日はポテトサラダの日。 茹でて皮を剥いてつぶして、チンした玉ねぎと人参、それからキュウリを混ぜる。そこにちょっと焼いたベーコンを入れるのは私流。これは母から教えてもらった。もう、そっか24年前の話だ。そして、マヨネーズと塩コショウを混ぜて出来上がり。今年もうまくできた。 ぴんぽーん 小学5年生の一人息子、凪が帰って来た。 今日はダンス部の練習があったので少し遅い。 「お母さん、ただいま。あ、ポテサラだ。やった」 「少し味見する?手、洗って」 「はい」 ダイニングテーブルの椅子に座った凪の前に私は、まだ暖かい小皿のポテサラを出した。あと、クッキーも。これもさっき私が作ったものだ。 一応今日は、10月31日だし、一応。一応ね。 「腹減った。いただきます。あ、おいしい」 「いっぱい作ったよ。お父さん帰ってきたら、後でまた出すから」 「うん。あのさ」 「ん?」 「この風景、デジャブ」 「あ?」 「小皿のポテサラがあって、クッキーがあって。お父さんが帰ってくるのを待って、また後でポテサラを食べる」 「そりゃ」 そっか、言ってなかったかな、凪には。 「今日は、記念日なんだよね」 「え?そうなの?」 「聞きたい?」 「うん」 私はこうして、凪に、25年前の今日の事を話したのだった。 私が今の凪と同じ、小学5年生だった10月31日、ハロウィーンの放課後。 私はブラスバンドの同級生女子二人と各々、ハロウィーンの扮装をして、同じバンドの同級生男子の家を回る計画を立てていた。 私が用意したのは、紫の月や星が浮かぶ、真っ黒のワンピースと、腰に巻いたこれまた紫の巨大なリボン。頭には大きなとんがり棒。 楽しみにしていたのだけれど、当日になって風邪を引いた二人は来られなくなった。私はその日のために母と焼いたクッキーを眺めながら悩んだ。どうしよう。だって、潤君の所だけは絶対行きたい。 「潤君って。お父さん?」 「そう。バンドで並んでトロンボーン吹いてた。クラスもずっと一緒」 「で?で?」 私は勇気を出しハロウィーンの扮装で、彼のもとへ一人で行ったのだった。 もう、どきどきだ。 「すげえサプライズだ。お父さん、どうしたの?」 「そりゃ、あたふたしてたよ。あたふたするよね。急にバンドの女子が一人でおうちを訪ねてくる」 「で?で?」 彼はたまたま家に一人だったらしい。彼の前に立ち、震えながら何とかトリックオアトリートを唱え、クッキーを渡した私にびっくりしてる。彼は大事なことに気付いた。トリックオアトリートを唱えられたら、お菓子を差し出さないとならない。 「それでお父さんは、部屋の奥に戻って行った。で、持ってきたのが」 「持ってきたのが?」 「芽が出たジャガイモ」 「わははははは。そっちの方がサプライズ」 「そう。サプライズ返しよ。もうびっくし。そっちの方がトリック」 彼は台所や冷蔵庫を大分探したらしい。でも、お菓子がない。漬物とかじゃだめだよね、と言って渡してくれたのが芽の出たジャガイモだったのだ。 でも、私はそのジャガイモを大事に次の春まで取って置いた。そして、春になってそれをよく日の当たる庭の花壇に植えたのだった。 「で?で?」 「6年生になってハロウィーンの日、私は、またお父さんの所に行ったのね」 「一人で?」 「うん」 「それで?」 「私は、去年のジャガイモを種芋にした芋で作ったポテサラを、お父さんに渡した。トリックオアトリートって言って」 「すげえ。さらにサプライズ返し。で、お父さんは?」 「お返しに長い手紙をくれた。来るかもと思って書いてくれてたんだって」 「またもや、サプライズ」 そして、私たちは同じ中学、同じ高校に進学し、お互い別の大学を卒業した後、社会に出てしばらくして、結婚したのだった。 「すごい話だね。初めて聞いた」 「まあねえ」 「それで今日はポテサラか」 ぴんぽーん 「あれ?誰か来たね」 「うん。俺、出てくる」 そう言って玄関に出て行った凪が帰ってこない。 なんだろ、と思って私が椅子を立とうとしたときに戻って来た。手になにやら包みを持ってる。 「なんか話してたね。何?誰?」 「優が来た」 「優ちゃん?」 優ちゃんは、凪の同級生。 凪と同じダンス部の目の大きな可愛い女の子だ。 「もしかして、トリックオアトリート?」 「そう。魔女だった」 「サプライズ!」 私は、こんなことがあるかもしれないと、クッキーを焼いてあったのだった。 「持ってって、持ってって。クッキー。これ。今、包むから」 なんか私の方が興奮してる。 「いや。クッキーもそうだけど」 「何?」 「まだある?ジャガイモ。芽の出たやつ」 「えええ?マジ?」 「うん」 こうして、凪は包んだクッキーと芽の出たジャガイモを二つ、優ちゃんに渡したのだった。凪が何を考えてるのかは勿論詮索しなかった。その代わり、私は、凪に言わなかった秘密の事を考えていた。 潤君からは今も、10月31日には長い手紙をもらっていることを。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加