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ポテトサラダ
借りてる市民農園は、うちの割り当てのその半分がジャガイモ畑で、お隣の区画の奥さんからは思いっきり笑われた。
でも、好きだから、ジャガイモ。
梅雨時に収穫したジャガイモは家族三人で少しずつ食べ、でもまだ結構ある。
今日は10月31日。
芽が出てお化けのようになったジャガイモを、10個ばかり台所の床下の貯蔵庫から出すと、私はその芽をぽきぽきと折っていった。
さてとやりますか。
今日はポテトサラダの日。
茹でて皮を剥いてつぶして、チンした玉ねぎと人参、それからキュウリを混ぜる。そこにちょっと焼いたベーコンを入れるのは私流。これは母から教えてもらった。もう、そっか24年前の話だ。そして、マヨネーズと塩コショウを混ぜて出来上がり。今年もうまくできた。
ぴんぽーん
小学5年生の一人息子、凪が帰って来た。
今日はダンス部の練習があったので少し遅い。
「お母さん、ただいま。あ、ポテサラだ。やった」
「少し味見する?手、洗って」
「はい」
ダイニングテーブルの椅子に座った凪の前に私は、まだ暖かい小皿のポテサラを出した。あと、クッキーも。これもさっき私が作ったものだ。
一応今日は、10月31日だし、一応。一応ね。
「腹減った。いただきます。あ、おいしい」
「いっぱい作ったよ。お父さん帰ってきたら、後でまた出すから」
「うん。あのさ」
「ん?」
「この風景、デジャブ」
「あ?」
「小皿のポテサラがあって、クッキーがあって。お父さんが帰ってくるのを待って、また後でポテサラを食べる」
「そりゃ」
そっか、言ってなかったかな、凪には。
「今日は、記念日なんだよね」
「え?そうなの?」
「聞きたい?」
「うん」
私はこうして、凪に、25年前の今日の事を話したのだった。
私が今の凪と同じ、小学5年生だった10月31日、ハロウィーンの放課後。
私はブラスバンドの同級生女子二人と各々、ハロウィーンの扮装をして、同じバンドの同級生男子の家を回る計画を立てていた。
私が用意したのは、紫の月や星が浮かぶ、真っ黒のワンピースと、腰に巻いたこれまた紫の巨大なリボン。頭には大きなとんがり棒。
楽しみにしていたのだけれど、当日になって風邪を引いた二人は来られなくなった。私はその日のために母と焼いたクッキーを眺めながら悩んだ。どうしよう。だって、潤君の所だけは絶対行きたい。
「潤君って。お父さん?」
「そう。バンドで並んでトロンボーン吹いてた。クラスもずっと一緒」
「で?で?」
私は勇気を出しハロウィーンの扮装で、彼のもとへ一人で行ったのだった。
もう、どきどきだ。
「すげえサプライズだ。お父さん、どうしたの?」
「そりゃ、あたふたしてたよ。あたふたするよね。急にバンドの女子が一人でおうちを訪ねてくる」
「で?で?」
彼はたまたま家に一人だったらしい。彼の前に立ち、震えながら何とかトリックオアトリートを唱え、クッキーを渡した私にびっくりしてる。彼は大事なことに気付いた。トリックオアトリートを唱えられたら、お菓子を差し出さないとならない。
「それでお父さんは、部屋の奥に戻って行った。で、持ってきたのが」
「持ってきたのが?」
「芽が出たジャガイモ」
「わははははは。そっちの方がサプライズ」
「そう。サプライズ返しよ。もうびっくし。そっちの方がトリック」
彼は台所や冷蔵庫を大分探したらしい。でも、お菓子がない。漬物とかじゃだめだよね、と言って渡してくれたのが芽の出たジャガイモだったのだ。
でも、私はそのジャガイモを大事に次の春まで取って置いた。そして、春になってそれをよく日の当たる庭の花壇に植えたのだった。
「で?で?」
「6年生になってハロウィーンの日、私は、またお父さんの所に行ったのね」
「一人で?」
「うん」
「それで?」
「私は、去年のジャガイモを種芋にした芋で作ったポテサラを、お父さんに渡した。トリックオアトリートって言って」
「すげえ。さらにサプライズ返し。で、お父さんは?」
「お返しに長い手紙をくれた。来るかもと思って書いてくれてたんだって」
「またもや、サプライズ」
そして、私たちは同じ中学、同じ高校に進学し、お互い別の大学を卒業した後、社会に出てしばらくして、結婚したのだった。
「すごい話だね。初めて聞いた」
「まあねえ」
「それで今日はポテサラか」
ぴんぽーん
「あれ?誰か来たね」
「うん。俺、出てくる」
そう言って玄関に出て行った凪が帰ってこない。
なんだろ、と思って私が椅子を立とうとしたときに戻って来た。手になにやら包みを持ってる。
「なんか話してたね。何?誰?」
「優が来た」
「優ちゃん?」
優ちゃんは、凪の同級生。
凪と同じダンス部の目の大きな可愛い女の子だ。
「もしかして、トリックオアトリート?」
「そう。魔女だった」
「サプライズ!」
私は、こんなことがあるかもしれないと、クッキーを焼いてあったのだった。
「持ってって、持ってって。クッキー。これ。今、包むから」
なんか私の方が興奮してる。
「いや。クッキーもそうだけど」
「何?」
「まだある?ジャガイモ。芽の出たやつ」
「えええ?マジ?」
「うん」
こうして、凪は包んだクッキーと芽の出たジャガイモを二つ、優ちゃんに渡したのだった。凪が何を考えてるのかは勿論詮索しなかった。その代わり、私は、凪に言わなかった秘密の事を考えていた。
潤君からは今も、10月31日には長い手紙をもらっていることを。
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