山の神VS正拳突きの男

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 深緑に染まる山奥深く。  黒いローブを纏う男が、大木に正拳突きを放っていた。  ドンッ! ……ドン!!  重苦しい打撃音と共に木が揺れ、あるいは倒れた。  数多のセミの鳴き声に混じって響く異音は誰の耳にも届かない。 『…人の子よ……木を、私の一部を殴るのはお止めなさい』  ただし山の神の耳には届いていたし、なんなら産毛を引っ張られるような痛みも感じていた。  黒いローブの男は一瞬、顔を上げるが、無視して木を殴り続ける。  ズドン!! 『ちょ、人の子? 人の子よ! 無視ですか? 神罰を下しますよ?』  諭すような声が木々の間を駆け抜ける。  だが、男は正体不明の声に動じず大木を殴りつける。 「神だかなんだか知らないが、俺にはすべきことがある。神罰を下したければ下すがいい」  ズドン!  バキバキバキ!!  男の正拳突きで巨木が折れた。 『な、なんと強き意思……いや、感心している場合ではありませんね。このままでは私は禿山になってしまいます。手法を変えましょう』  神は咳ばらいをする。 「えー……仏の顔も三度までということわざをあなたは知っていますか?』 「ああ、仏の顔もサンドバッグだ」 『私の知らないことわざが出てきましたね……どういう意味ですか?』 「俺には仏や神を殴り倒してでも叶えたい野望があるという意味だ」  男は邪魔だと言わんばかりに黒いローブを脱ぎ捨てた。  その逞しい胸元には銀のロザリオが輝いている。  男は折れた巨木を乗り越え、次の巨木の前で拳を構えた。  ドバン!! メキャッ! バキバキバキバキッッ!!  ローブを脱ぎ捨てたことで調子を上げたのか、男の正拳突きは巨木をいとも容易く薙ぎ払う。  その光景に神はいよいよ声を荒げた。 『い、いい加減になさい人の子よ! あなた何故そこまで私を殴るのです!! その胸のロザリオは神を信じる側の証のはず! ちょっとは聞く耳を……』  次の瞬間、男も吠えた。 「うるせぇ! 孤児院の子供たちが俺のカブトムシを楽しみに待っているんだ! 神なんぞの言葉を聞いてる暇はない!!」  ズドンッ!
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