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五
俺が無人駅へと戻った頃には、辺りはとうに夕闇に覆われていた。
そして妻が搬送された産婦人科医院にたどり着けたのは、日付が替わってからだった。
当直の看護師に分娩室へ通された俺が見たのは、安堵し切った様子で嬰児を抱く、母の顔をした妻だった。
請われるまま、妻の手から赤子を抱きとる俺に、看護師が静かに告げる。
「大丈夫です。元気な女の子ですよ」
俺はふと気付く。
彼女は、どうして生まれてくる俺の子が「娘」だと知っていたのだろう?
何も告げてはいなかったのに。
俺の腕の中で、目を閉じたままの娘がにこりと笑った。
掬んで開いた紅葉のような左の掌に、小さなほくろが見えた。
薬指の付け根の辺りだ。
くらりと揺れた俺の耳に、あの寒村での夜、彼女が洩らした言葉が蘇ってきた。
彼女は確かに、こう囁いた。
「こけしって、『子消し』っていう意味なんだって」
――了――
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