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足音が響く。 「エティ。今日のメニューは、どうだったかしら」   わずかに震えていたが、滑らかで、鮮やかなフランス語だった。 声をかけてきた人物を振り返り、エティエンヌは目に涙を浮かべる。 すらりとした肢体、黒く艶やかな髪を後ろできっちりと束ねている。 年のころにして、40代だろうか。紺色のエプロンを身に着け、白いワイシャツと黒のスラックスを着ていた。 「……梨々香」 思わず呼びかけたエティエンヌの声に、女性の唇が震えた。 「エティ……!」 ため息交じりに、諏訪梨々香はエティエンヌの愛称を叫んだ。 室内には、エティエンヌと梨々香しかいない。 時間にして数分だろうか。抱擁しあう腕をほどいた2人は、互いを見つめあう。 「さっきの黒いエプロンの彼女は?」 エティエンヌが質問できたのは、そんなことだった。梨々花はわずかに目を伏せて言う。 「私の妹よ。事情を知っているから」 「……その事情ってなんなんだい?」 観念したように、梨々香は語り出した。 「私が15年前に、逃げ出したのは……あなたと結婚できないと思ったからよ」 エティエンヌは衝撃に身をこわばらせた。 何度も息を吸い、指を重ね直して、梨々香は言った。 「あなたの元を去ると決める数か月前に、イザベル・ラ・フォンヌという女性に会ったの」 残念なことにエティエンヌにとって、聞き覚えのある名前だった。 実家のド・ヴァロア家とも親交のある、ラ・フォンヌ家の令嬢だ。
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