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「エティ、登山なんて久しぶりじゃないか?」
話しかけてきたのは、友人のピエールだ。彼はトレッキングシューズを確認しながら、エティエンヌの顔をちらりと見上げる。
どこか遠くを見つめながら、エティエンヌは答える。
「そうだな。もう何年も、まともに連休というものは取ってこなかったから」
「だったら、ここはぴったりだよ。君の好きなアルプスに似ているし」
「……ありがとうピエール、我儘を聞き入れてくれて」
古くからの友人に、エティエンヌは改めて感謝を口にした。
予約が数カ月先まで満杯のレストランを切り盛りする彼が、
タイトなスケジュールを縫って日本に来られたのはピエールのおかげだ。
ピエールは大の親日家で、年の半分は日本で生活している。
今回のエティエンヌの来日理由を聞いて、快く案内役を買って出てくれた。
彼はエティエンヌを勇気づけるように肩を軽く叩く。
「我儘だなんて……よし! それじゃあ登るとしよう。予約の時間に遅れたら大変だ」
あえて明るく言うピエールに頷きながら、
エティエンヌは15年前のまま、時が止まった恋人の横顔を思い出す。
改めて胸に今回の来日の目的を刻みなおし、エティエンヌは足を進めた。
「ありがとう。Mon Vieux」
呟くように言ったエティエンヌに、ピエールは笑うだけだった。
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